彼自身も、そういう俺に無駄口はきかない。
残る二つの宮は主が不在だったから、十二宮を抜け出す事自体はさほど難しい事では無かった。
今日も駆け足で階段を下り、十二宮前の衛兵に挨拶はしたものの、相変わらずの冷めた一瞥、会釈なのか相槌なのかも判らない頷きのみで返された。それはもう流石に慣れたけど、やはり少し胸に刺さる物はある。
コロッセウムに出れば、今日はカミュが雑兵の指導をしているだろう。
カミュは近い内に弟子を取り、シベリアに戻るとの噂だ。
カミュと懇意にしているミロはきっと寂しがるだろうと思うけれど、俺に何が出来る訳でもない。
ミロとて俺なんぞには何の期待もしていないだろう。
判っていても少し悲しかった。
ぼんやりと溜まる鬱積、何と無く水平線を見たくなって、海を一望出来る丘の方へと脚を向けた。
近道をしようと茂みに飛び込み、鬱蒼と繁る木々の影に隠れて進む。
この先には聖域文官の管轄している神殿がある。
その神殿は殆ど使われていないから人が居る事は少なかった。そこを抜ければ丘は直ぐだ。
林を抜けたところで頭を振り、髪に付いていた数枚の葉を落とす。
俺の髪は緩い癖毛。こんなところ迄兄に似ていて嫌になる。兄はダークブロンドだが、俺は兄のそれより色素は薄い。それが辛うじて救いか。
念の為慎重に、気配を消して神殿に近付いた。
大扉を僅かに開き、中に身を滑り込ませる。やはり人気は無いようだったが、足音を忍ばせてゆっくり奥へと歩を進めた。
中程に差し掛かった時、微かな話し声が耳に入った。
意識を集中して気配を探るが、上手く抑えているのか小宇宙を関知出来ない。そうなると文官でも限り無く聖闘士に近い実力を持つ中々の手練れ、という事になる。
来た道を戻るべきか迷ったが、同じように小宇宙を抑えていれば気付かれる事も無いだろうと判断し、足音に気を付けて一歩を踏み出した。
話し声は徐々に近くなり、はっきりと聞き取れるようになってきた。
「……確か貴方が八つの頃でしたかな」
声は高い天井に反響している。
「あの逆賊めを良く慕っておられた」
ずきりと胸が痛み、無意識に歩みの速度が落ちてしまう。
この声は聞き覚えがあった。
世界に散る聖闘士候補生は時折、ランダムで聖域に召集され、成長、実力の度合いを見る、という名目の下、親善試合を行う。
昔からの儀礼ではあるが、実際の感覚は見世物、祭のような物だ。
その時、聖闘士候補生の世話を一手に引き受ける文官がいる。彼はその中の一人だった。あの男ならば小宇宙を抑える事は容易いだろう。
しかし彼は余り評判が良いとは言えない人物で、聖闘士候補生を奴隷のように蔑み、時に暴行を働いていたが為、結局八年程前にその任を解かれ、確か現在はカノン島の管轄を手伝っていた筈。聖域に戻って来たのだろうか。
話し相手らしいもう一人の声は聞こえないが、やたらに乱れた息遣いが響いていた。
「貴方の天性の才は勿論私も重々承知しておりましたとも。けれど、まさか黄金聖闘士になられるとは想像もしておりませんでした」
――黄金聖闘士、誰だ。
一瞬にして緊張が肩を強張らせた。気を抜けば確実に俺の気配を悟られてしまう。迷いが更に脚を鈍らせた。
「あの頃はお小さかった。今は大変お美しく立派になられましたな」
祭壇のある大広間、扉は閉ざされているが、そこから声は漏れ聞こえているようだ。
燭台に火は燈されているものの、それは最低限らしく、ステンドグラスの小窓はゆらりゆらりと頼りない色彩を石床に落としていた。
「特にこの黒髪」
――シュラ。
黄金聖闘士で黒髪はシュラしか居ない。
「……く、は…」
苦痛を想起させる呻き声が耳に入ったが、それがシュラの物かは判らなかった。
シュラの声にしては、少し高い気がする。もう一人居るのだろうか。
「私は幼子の柔らかさが好きでして。特に此処の」
「は、ぁ…ッ…」
一体何の話をしているのだろう。
良く判らない、漠然とした嫌な予感に心臓が早鐘を打ち出していた。
「あの時は未だ精通もされておりませんでしたね。愛らしい薄桃のこれを震わせて、はしたなくも失禁された」
「……ッ…言うな…ぁ、あ…」
――何、を。
「私も漸く聖域に戻り、折角久々にお目通りが叶ったのです。しかと思い出して頂けるよう私めも準備は抜かり無く致しました」
「ひ、あぁあ…ッ…!」
ぐちゃ、と酷く粘着質な音が響いた。
俺は堪らず、ステンドグラスの小窓、その隙間から大広間を覗いてしまった。
「これは美しき思い出の再来でございますよ、山羊座様。貴方は余りに美しくなり過ぎた。英雄等と持て囃され……全く、片腹痛い」
男は猫撫で声でシュラを褒めては、低く嘲笑する。
俺は飛び出すべきだった。この状況は明らかに可笑しい。
けれど、祭壇の上に座らされて開かれた大腿、その白肌は黒の縄で戒められていて、その脚を見たら、動けなくなった。
「その薬は半日は抜けないでしょう。それ迄貴方は無力だ」
「……は、貴様…ッ…」
シュラの声に孕むのは怒気だけでは無かった。
「此処を通り掛かる者があれば貴方は解放されますが、同時にこの痴態を曝す事にもなりますな。半日、誰にも会わずに過ごせば、貴方の此処はすっかり昔を思い出しましょうよ。助けを呼ぶ呼ばないは貴方がご自由になされば良い」
男の掌は大きく割り開かれたシュラの白い大腿を這う。
「く、あぁッ!」
男の背中のせいでシュラの顔、身体の中央は見る事が叶わないが、腕がとある部位を押した途端、シュラは大腿を震わせて高い声、間違えようのない、艶めいた喘ぎを漏らした。同時にぐちゃりと派手な水音も響く。
「では、どうか心置きなくお楽しみを」
「……っ…待て…!」
シュラの切迫した制止の声を無視して男は身を翻した。やはり、あの文官だった。
俺は咄嗟にしゃがみ込んで息を詰める。
男はわざとらしく祭壇の大広間の扉を大きく開け放ったようで、その場をゆっくりと離れて行った。
俺は男の気配の一切を感じなくなる迄、息を殺しじっと動かないでいた。
「……く、ふ…ぁ…」
その間も断続的に、シュラの悩ましげな声は響き続ける。
男が完全に神殿から立ち去ったのを確信してから静かに立ち上がり、改めてステンドグラスの小窓、その隙間を覗き見た。
シュラは俯いている。顔を見る事は叶わない。けれど耳朶が紅潮しているのが見て取れた。
白い肌は全てを曝されており、それには黒縄が食い込んでいた。
胸筋の形を強調するかのように胸の中央、上部、下部に縄が走り、首に嵌められた黒革の首輪に繋がる。
腹からは菱型の形が縄で作られていて白肌に紋様を浮かせているかのよう。
両の足首は対となる両の手首と纏めて縛られており、膝が折り畳まれるよう二重に縄が巻かれていた。その拘束のせいで脚が閉じる事を許されていないらしい。
それだけでも酷くいやらしい姿なのに、反り返った性器の茎は黒革が包み、亀頭部のみが露出して、その割れ目には黒革のベルトが掛かっていた。
縄は性器と陰嚢を菱型で避けて通り、会陰には縄の結び目が作られていて、後孔に当たるであろう部分にも結び目が施されている。



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