魔鈴は溜息混じりに小首を傾げたが、何を思ったのか俺の背中を軽く二度叩いた。
「恋は事故みたい物だろうからね、お前の趣味が悪いのは判った。私は勧めないが、まあ良いだろう」
「何を判った風に。お前、歳相応という言葉を知らないのか」
「生憎とそんな謙虚さは母胎に忘れてきたね」
魔鈴は俺の肩を支えにして立ち上がると、腕を伸ばして大きく伸びを一つする。
「しかし、お前があの朴念仁をオカズにしてるのかと思うと中々に面白い」
「……ッ…!」
思わず握り飯を吹きそうになり慌てて口を押さえた。
「ま、魔鈴、俺は」
「隠す事ないだろ。私も『男』だ。好きな奴で抜く、大いに結構」
ひらりと片手を揺らして魔鈴は背中を向けた。
本当に女らしさは料理にしか発揮されないらしい。子供らしさ等皆無に等しい。
その小さな背中を見送って盛大に項垂れてしまつた。
事実、俺は自慰をする時、シュラを思っている。
性を意識するようになって漠然としていた想いが、はっきりと情欲に繋がるようになっていた。
羞恥と苛立ちのままに握り飯を大口で頬張り、眼下に視線を向けるとシュラがこちらを見上げているのに気付いた。
何と無く気まずくて慌てて籠を引き寄せ立ち上がろうとしたが、シュラは直ぐに雑兵に向き直った。
俺に気付いた訳では無かったらしい。
何と無く見上げただけかと安堵した。同時に、少し寂しくなる。
不意に別の方向から視線を感じて目線を遣ったが、人影は何処にも無かった。


■ ■ ■ ■ ■


第二次性徴の身体の変化を教えてくれたのもシュラだった。
夢精で下着を汚してしまって、見た事も無い体液に悪い病気かと思った。
侍従にはとても言えない。
二度目の夢精をして、恥ずかしかったけれど、同じくらい酷く不安だったから、覚悟を決めて磨羯宮を訪ねシュラに相談した。
シュラは俺の切実な悩みに呆気に取られたように目を瞬かせたが、直ぐに目許を緩めて宥めるように背中を撫でてくれた。
夢精は普通の事だと言って、少し困惑気味に気まずそうに眉間に皺を作りながらも自慰と男女の性交について端的に説明してくれた。
いけない事を聞いてしまった気がして、更に恥ずかしくなったけれど、邸宅に帰って人払いをし、早速試してしまった。
自慰は気持ちが良い。
それを知ってしまって、俺は馬鹿のように頻繁に自分を慰めるようになった。
頭に描くのはシュラ。
艶やかな黒髪、細い眉、射る程に強い双眸、目尻に向けて長くなる睫毛、薄い唇、骨張った輪郭、長い手足、大きな掌、白い肌――意識するだけで股間がじわりと熱を持つ。
彼自身はストイックで性的ないやらしさ等皆無なのに、思い起こす彼の姿は何故か酷く卑猥に思えた。
――知りたい。
そう強く思う。
自分が性器を擦っていても息が弾み、顔がだらし無く歪むのを自覚している。
あの禁欲的な彼がどういう顔をして自慰に耽り快感に溺れるのか、見てみたかった。
そんな事を単刀直入に切り出せば今度こそ間違いなく軽蔑されるだろうけれど、卑しい願望は日に日に強くなってきている。
彼のギリシャの哲人プラトンは肉欲に走る同性愛は低俗だと否定した。
本来生殖行為が目的である筈の性交、けれど同性愛の性交では子供を授かる事は有り得ない。
だから、それはただの肉欲に違いなく、確かに低俗で野蛮だ。崇高な行為とは決して言えない。
けれど、それを言ったプラトンでさえ同性との肉欲に溺れていたという。
禁忌、だからこそ無駄な知恵を持つ人間は、そのパンドラボックスを開けたがる。
何時の世でもそれは変わらない。
神代、大神ゼウスやアポロンでさえ、同性を愛し、身体を重ねた。
神でさえ肉欲には逆らえない。
人である俺が、その欲望に打ち勝てる筈も無かった。
「……シュラ…」
人払いをした寝室、俺はそこでまた彼を想いながら自慰に耽る。
衣服に隠れていても判る、逞しい肩、けれど彼はその長身故か、鍛え抜かれて無駄の無い肉の付き故か、引き締まったシルエットだ。
脚技も得意とするせいか腰回りは特に引き締まり些か細く見える程。
彼は誰かと性交をした事があるのだろうか。
彼に付き纏っているデスマスク、あの軽薄な男ならば、或いは彼の痴態を知っているのかもしれない。
シュラはどんな顔をするのだろうか。快感に耐える苦悶の顔をするのか、悦楽に蕩けた淫らな顔をするのか。
いずれにせよ、彼の常の鉄面皮は見る影も無くなるに違いない。
「……シュラ…ッ…ん…」
妄想の中の彼は男を組み敷いているけれど、俺は男同士の性交の方法を知らないから具体的なイメージが湧かない。
彼の顔と声音も想像が出来なかった。
彼は余りに清廉過ぎて、それらが空白になる。
――知りたい。
強く、強く、思う。
零れた先走りで手指はすっかり濡れていたが、構わずに俺は目を閉じて壁に背中を預け、瞼の裏に描く彼の姿を注視しながら淫行に没頭した。
妄想の彼が身を震わせ絶頂を迎えた瞬間、俺の性器からも精液が飛んで、掌に勢い良く掛かった。
「は……ぁ…」
身体は心地良い倦怠感で満たされた。
同時に酷い罪悪感にも襲われる。
ティッシュを数枚引き抜いて掌と性器を拭ったけれど、身体の芯にある熱は増すばかりだった。


■ ■ ■ ■ ■


安息日は交代制で設けられてはいるが、聖衣を賜った聖闘士は任務以外、建前では何の義務も負わない。
特に黄金聖闘士は聖戦が始まれば、十二宮を守護するという第一の任務があるが為に、任務とそれに纏わる報告書等の雑務以外、何かを命じられる事は殆ど無かった。
故に自己の鍛練は各自の自主性、弟子を持たない者は後進の指導を持ち回りで行うが、それさえも義務ではなく慣例だ。
デスマスクとアフロディーテはその慣例を無視し、気ままに過ごしているようだったが、咎める者は勿論誰も居ない。
俺は午前、獅子宮の裏手、居住区の園庭で自己の鍛練をするのが常だった。
コロッセウムの方に下りても、聖域の民の目は厳しいし、かと言って獅子宮に閉じこもれば侍従の目が気になる。
俺は逆賊の弟、侍従を置く等分不相応なのだが、恩赦を受けて数ヶ月後、教皇宮に籍のあった侍従が突然大挙して押し寄せた。
恐らくは監視が目的なのだろうが、「教皇様の有り難き温情である」と参謀長に言われれば断る訳にもいかない。
受け入れはしたが、出来る限り世話にはなりたくなくて、時間を取れる時は料理も掃除も手伝う事にしていたし、面倒を掛けぬよう昼飯は極力外で摂っていた。
彼等は驚く程真摯に俺に仕えてくれている。だが、訪問者だけは断る事をしてくれない。
監視なのだから仕方の無い話ではあるが、そんな事情もあって、出来れば余り居住区及び守護宮にも居たくは無かった。
だから、午後は昼食の時間帯を見計らい十二宮から抜け出す。
幸いな事に、意地の悪い巨蟹宮の主は昼過ぎ迄寝ている事が多くて、そこさえ無事に通過出来れば、金牛宮の主は特に厭味を言うでも無く通過を許してくれる。
とは言え、俺は彼とも話し難かった。勿論儀礼は貫くが言葉を交わすのは最低限だった。



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