外れて欲しかった嫌な予感は悪い意味で裏切られる事はなく、彼の用意した硝子細工の歪つな棒は後孔に埋め込まれ、黒革の下着で股間をきつく締められた揚句、丁寧に鍵まで付けられた。
これは所謂貞操帯なのだろうが、守るべき貞操を守る役目をしていないのに余計惨めな気持ちになる。
彼はもう居ない。好き勝手にこれらを施し、「練習しておけよ」等と言い置いて、さっさと出て行ってしまった。
硝子の――恐らくは性玩具、それを吐き出す事は貞操帯のせいで叶わない。
締め付けると濡らされて滑る肉のせいで、逃げ場を探すかのように玩具は回転をして、硬い半球が肉襞をごりごりと擦って来る。
摩擦は当然の如く強い快感を生むが、勃起は貞操帯に押さえ込まれていて射精も出来ず、感じた分だけ酷い痛みが齎された。
「ん、ぁ……ひ、ぃ…んっ…」
一人はしたない声を上げながら何とか肉筒の力を抜こうとするが、性感を得る度に余計に締め付けてしまう悪循環。
性器の痛みすら何か良く判らない感覚を併い始めている。
涙が目尻に溜まって、それを漸くの思いで拭いながら、下肢をどうにか弛緩させようと息をゆっくり吐き出した。
息を吐けば力は抜ける筈、けれど少しも上手く出来ない。
少し緩める事が出来ても直ぐにまた締め付けてしまう。
硬い隆起に肉を刔られる快感と卑しい性器への罰、まるで身体がそれを求めてしまっているかのようだった。
仰臥の体勢でシーツを握り締め、部屋の隅にある掛け時計に視線を向ける。
彼が部屋を出てまだ一時間も経っていないが、それは気の狂いそうな程に長く感じた。
習慣となっている排泄の時間は先に彼が現れたタイミング、けれど排泄に立つ事はさせてくれないままだった。
忘れたのだろうが、そんな生活の基本行為を忘れられてしまっては涙も出て当たり前だ、と自分に言い訳を繰り返す。
次に彼が来るのは昼時が定例、それまであと一時間。耐える事を考えて、また涙が零れた。
くちゅ、くちゅ、と卑猥な水音が断続的に続いていて、肉筒が自発的に玩具で遊んでいるのを自覚せざるを得ない。
気持ち良くて、痛くて、けれどやはり気持ちが良くて、罪悪感を覚えながらも誘惑に負け、左手を股間に差し伸ばし黒革の上から性器を撫でてみる。
押し上げようとする性器に黒革はみっともなく張っていて、ベルトを留めている錠を指先で触れたらそれがこつんと性器を叩いて、全身が戦慄いた。
「……どう、して……っ…」
こんな無体な仕打ちをした彼しか俺を解放してくれる人は居なくて、堪らず鳴咽が漏れた。
所詮これは彼の気まぐれだ。
俺は詰まらない男だから、話し相手をするのも面倒なのかもしれない。
此処に抱ける女を連れ込むのは出来ないから、俺を穴代わりに使えれば確かに便利で、面倒も省ける。
元々聖域での鬱積もあっただろうし、こんな僻地に一人で生活していれば別の鬱積も当然溜まるだろう。
――俺は、彼の役に立てるだろうか。負担を減らす事が出来るだろうか。
不意に去来した思いが、性感にぼやけていた思考の靄を僅かながら晴らした。
これはあくまで期待に過ぎない。判っているけれど、俺は上手い会話も出来なければ、感情表現も下手で、彼に呆れられてばかりなのが実状。
――言い訳か。
快感を、人の温もりを知った身体の言い訳なのかもしれない。
けれど、彼に返せる物、彼に与えられる物、軽い気持ちであれ彼が欲する物が、俺の身体しかないならば、この行為を努力するのは俺にとり、無価値にはならないようにも思う。
触れる、抱き締める口実にもなる――そんな不純な思いも混ざった。
また、ずきりと胸が痛んだ。
彼の為に、という偽善。結局のところ、自己満足でしかない。
――それでも良い。
それ以上の思索を心が拒否した。
汚らわしい自分の深層を正視するのが怖かったせいかもしれなかった。


■ ■ ■ ■ ■


扉は不意打ちに開いた。
足音も立てずに彼が来るのは初めてで、身体を蝕む悦楽に半ば朦朧としていた意識は緩やかに覚醒した。
時計の針は先から十五分も進んでいない。こんな中途半端な時間に彼が訪れるのも初めてだった。
いつものローブは纏っておらず、鮮やかな紺碧の髪を靡かせて彼は歩み寄る。
「……顔は合格だな」
顔は涙で酷い状態、けれど言い返す気力は残っていなかった。
その分、ぐちゃ、と一際派手な音が響いてしまって、俺の心情が如何に彼を求めているのかを身体で思い知る。
常より重い右腕を差し延べると、彼は指を絡ませて手を握ってくれた。
「文句を言う程の元気もないか」
笑気を伴いながらの軽口、けれど声音は酷く優しくて――ああ、彼のこういうところが駄目だ、等と再認識してしまう。
濡れた目許に口付けられて、堪らず絡んだ指に力を込めた。
「お前の鉄面皮は嫌いではないが、誰にでも見せている顔をされると少しばかり腹が立つ」
「……何…の……」
言い掛かりだ、と続けたかったが、また後孔が玩具で遊んだせいで息が詰まる。
彼は顔すら満足に見せてくれないのに相変わらず身勝手極まりない。
「……少しは緩められるようになったか?」
黒革に戒められた股間の形を指でなぞられて、肉筒が強く収縮してしまった。
派手な音を立てて擦られる襞、みっともない喘ぎが喉を突き掛け、漸くの思いで押し殺す。
錠前の鍵が解かれた瞬間、強張る性器が盛大に跳ね内側からベルトを押し外した。
跳ね出た性器は常より赤みを濃くして白濁混じりの先走りをとろとろと垂れ流している。
そのだらしの無い性器の裏筋をなぞられた瞬間、蓄積していた性感が頭を焦がし、意識する前に背筋は弓なりに反り返っていた。
「ひあ、ぁんッ…!」
勢い良く吹き出した精液は胸まで汚す。自分が射精したのを自覚したのは数秒遅れた。
突然の絶頂に全身の痙攣が中々収まらず、黒革の戒めを失った後孔から玩具がにゅるりと吐き出されそうになる。
「や……ッ…は、抜け、て……」
体内を満たしていた異物が無くなってしまうのが切なくて、彼に目で訴えればまた笑われた。
「締め付けるしか芸のない癖にしゃぶっていたいとはどうしようもないな」
紅潮していた頬が更に熱くなるのを自覚する。
玩具は大きな先端のみを残して抜けてしまい、梃子の力で浅い部分が腹側に押し上げられた。
左の膝裏を掴まれ、片足持ち上げる形で股を大きく開かされる。
「……良い色だ」
ぽつりと落ちた言葉、彼の目線は下肢に落ちていて、それで透明な硝子越しに体内を覗かれているのを知った。
「嫌……ッ…」
性器を見られるのさえ恥ずかしいのに、身体の中を、しかも絶頂の余韻で卑しく震える肉を見られるのは今までにない激しい羞恥だった。
「練習の成果を見てやろう」
指が離れてしまった右手が酷く寂しくて、けれど彼の言の意味に感情さえ乱されて。
「ひ、ぁあッ!」
玩具が強引に奥まで押し込まれた。
「……見る、な…ッ…ぁあ…」
余すところなく玩具に絡み付いて貪っている肉襞が彼からは全て見えてしまっている筈。
締め付けてしまうのは、きっと異物排泄の防衛本能だけではない。
身体は肉筒の全てで快感を得ようとしているのだと思う。
そんな浅ましい様子を見られたら彼の失望を増やし兼ねなくて。



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