足音は期待通り部屋の前で止まり、いつものように扉に無体な仕打ちをして彼が押し入って来た。
「飯は食べたようだな」
未だ鈍痛の衝撃が抜けず上体を屈めているとそんな声が掛かる。
「……ああ、お陰様で」
俺は語彙が貧困だ。大体同じ台詞で返してしまう。
――詰まらないと、思われてはいないか。
彼の足音はゆっくりと近付いて、背中に温かな掌が宛がわれた。
「見るぞ」
包帯を取り替えてくれるらしい。俺の世話に関しては彼はとても几帳面だ。
下肢にこれ以上の衝撃を与えないよう上体を起こすと、彼の指は直ぐさま俺の纏う長衣を留める紐に掛かった。
脱ぐくらいはもう本当に十分自分で出来るくらいに回復しているし、そこまで親切にされると却って気恥ずかしく居心地が悪いのだが、目覚めてからずっと会いたいと思っていたからか、拒絶する気は起こらなかった。
それなのに彼の姿を目で確かめるのを躊躇してしまうのは、間違いなく昨晩の行為のせい。
だから肩から滑り落ちる布を横目で確かめるに留めた。
傷口はまだ熱を持ち、赤く腫れて引き攣れてはいるものの、薄皮が再生を始めている。
彼はそれを確かめているようで、数秒沈黙した。
「下着も脱げ」
唐突の命令に無意識に肩が跳ねていた。
「……何故」
「煩い、脱げ」
彼の語調は相変わらずの強さだ。
一瞬性行為をするつもりなのだろうかと考えたが、嘘まで吐いた昨晩の俺の醜態を見た彼が再びそれを望むとも思えなかった。
何か別の意図があるのかもしれないと頭を働かせていると、布団を捲られて下着に手を掛けられてしまった。
「待て、脱げる、自分で」
彼の短気は俺に考える時間さえくれない。纏まらない思考のまま、下着の穿き口に指を掛けて恐る恐る腰を上げた。
性器を見られるのはどうしたって強い羞恥を覚える。中途半端に引き下ろした下着を掴まれ強引に脚から引き抜かれると、耳が酷く熱くなった。
「四つん這いになれ」
次の命令は余りに無体だった。昨晩も命じられた格好だが、それを経験したからこそより恥辱的に感じる。
俯いたまま唇を噛んでいると、唐突に容赦なく性器を強く握られ激痛が走った。
「……ッ…!」
「一々行動が遅い」
そのまま性器を引っ張られ、もう止むを得ずに身体を反転させて彼の命じた通りに四つん這いになった。
性器を解放された代わりに尻を割られて、彼の関心が後孔にあるのを知る。
それを意識した途端、無意識に後孔を窄ませてしまい、羞恥と後悔の大波が押し寄せた。
「……やはり酷く腫れているな」
彼の言に自分では確認する気にもなれなかった部位の状態が判ってしまった。
下腹がじりじりと熱を持って痛むのは昨晩彼を受け入れたからに他ならず、後孔の違和感は普通ならば体験する事のなかった摩擦のせいなのだろう。
「ひ」と情けない声を上げてしまったのは後孔の縁をなぞられたから。
反射的に上体を突っ伏して枕に縋っていた。
「早く慣れて貰わんと元が取れん」
彼の言の意味を量り兼ね、肩越しに漸く目線を投げる。
彼は常と同じように黒いフードを目深に被り銀の仮面を付けていた。
口角が釣り上がり尖った牙のような八重歯が覗いている。
また仮面、と落胆する自分を意識したと同時。
「宿代の話だ」
突然の宣言に思わず目を見開いてしまった。
ここに来てまさか宿代を請求されるとは思っていなかったのだ。
確かに、身の回りの世話をして貰っているのだから、彼にはそれを請求する権利はある。道理は通っている。
けれど。
「お前は感度は悪くないが噛み付くばかりで具合が悪い。下手にも程がある。まあ、注文は色々あるが、取り敢えず男娼くらいに緩い方が遊び勝手が良いし、お前も楽しめる筈だ」
一気に心拍数が跳ね上がった。
宿代を身体で要求するつもりなのかと問い質したかったが、それを聞いて万が一肯定されてしまったら余計混乱する。
昨晩の行為、彼が楽しめていたとは到底思えないし、下手とまでこき下ろして――。
彼は纏うローブの内側を漁り、巡る思考を遮るかのように俺の顔の真横に取り出した物を放って来た。
一つは黒革で出来た何か。ベルトが幾つか着いていて、良く良く見れば下着の形に似ているようにも思う。
もう一つは子供の手首程の太さがある硝子製らしき透明の棒。先端が膨れたその形は茸を連想させるが、大きな半球体が幾つも飛び出していて、些か歪つな形状だった。
「最初からこれをしておけばお前も養生に専念しただろうよ、全く俺も甘かった」
独り言のように呟く声は殆ど頭に入って来ない。変な器具に嫌な予感を覚えてそれどころではなかったのだ。
「さて、始めるか」
何を、と聞く前に尻の狭間に冷たい液体が滴り落ちた。
慌てて視線を再度肩越しに投げた時には既に彼の指は後孔を捉えていて、遠慮も手加減もなく、ずぶりと中に押し入っていた。
「は……ッ…あ…」
朝から自覚している焼けたような疼痛のみ、新たな痛みはないが、異物感はどうしても強い。
背筋に走った悪寒に身震いしても、彼は構わずに体内を掻き回し始めた。
「待、て……ッ…宿代、金なら」
「金は必要ない。此処に居て不足しているのは『女』だ」
余りに身勝手な言い分、侮辱的な形容に、瞬間的に怒りが込み上げ、鎖を鳴らして右手を振り上げたが、彼に掠る前に不甲斐無く落ちた。
「く、は…ッ……」
「お前も養生しながら出来る事を欲しがっていただろう?めでたい利害の一致だな」
ぐりぐりと肉を刔る指先の動きが性感を呼んでいる。
こんな一方的な行為で悦ぶ身体が情けなくて堪らないが、彼から教えられた快感は確実に体内に刷り込まれているようだった。
「ふ、ぁ……ぁ、ん」
漏れる吐息は上擦る音を伴っていて、必死に枕に顔を押し付けるものの、息苦しくて結局呼吸を逃がす羽目になる。
肉を擦られる度に身体が熱を上げ、性器も意志に反して勃起してしまう。
「……やはり感度だけは良いが締め付けるばかりで芸がない」
平然と呟かれ、もう恥ずかしくて悔しくて仕方ないけれど、苛立ちをぶつける先はシーツくらいしかない。
握った右の拳でベッドを打てば、まるで天罰の如く跳ねた鎖が腕を打った。
「引かれた締める、突かれたら緩める。やってみろ」
「……馬鹿…がッ……出来る筈……ない、だろう…!」
精一杯凄みを利かせてみるが、実際その指示は不可能だ。
引かれて締めるのは勝手に身体が反応するが、突かれて緩める等考えられなかった。
そもそも男の身体は受け入れる構造ではないから、女のように――それが女の身体の反応なのかは判らないが――出来る由もない。
というより、こんなところを突かれたら、普通は困る。困るから反射的に力んで締まるのだと思う。恐らくは自然の摂理だ。
「阿呆。これが女役の基本中の基本だ。この程度は一回言われれば誰でも出来る」
思わず肩越しに振り返ると彼はこれみよがしに厭味たらしい笑みを浮かべた。
「あの不器用なシジフォスでもそのくらいの芸当はしてみせるだろうよ」
わざわざ清廉な人物の名前まで出してくる。
しかし――それが一回で誰でも出来る事ならば何故俺は出来ない。
「ひ、ぁ…ッ…」
指がずるりと引き抜かれ、締め付ける事は、勝手に、出来た。
「『鍛練』が必要だな、エルシド」


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