――キス、は、駄目だった。
恋人と、と彼が望んでいるのだから、その一線くらいは守りたかった。
口移しで水を含ませたのも数えれば、もう何度も重ねてしまった唇だけれど、もうそんな風に気安く触れてはいけないのだと思う。
「……デフテロス…」
唇に囁かれて、抑えが利かなくなりそうで。
「煩い」
また心無い言葉を吐いて、腰を引き寄せた。性器に纏わり付いていた肉襞が強く擦れる。
「や、あ…あぁ…んんッ…!」
逃げを打った肢体を押さえ込んでそこばかりを小刻みに擦ると、彼は涙を散らして必死に奥歯を噛み締めた。
互いの腹の間に圧迫されている彼の性器は先走りを滴らせ喜悦を露わにしているが、内からの快感に未だ慣れないらしい。
彼の心神より先に適応した身体、肉襞が少しずつ綻び、ただ噛み付くように締めているばかりでなく、緩やかな蠕動を始めた。
「性戯は論外だが男をしゃぶる才能だけはあるようだな」
亀頭を捏ねるようなその蠢きを耳元に褒めると、何処と無く悔しそうに唇を引き締めまた首を振る。その唇を開かせてやりたくて狙いを定めた箇所を角度を付けて突き上げた。
「ひぁ…ッ…あ、デフテロス…っ…や…ぁあッ…!」
彼の指が背中を引っ掻いて、その小さな痛みに余計興奮を覚える。
手加減をして浅い挿入にしてはいるが、肉壁を刔るように突くと押さえる力に逆らい腰が跳ねる。
嫌がる所作が却っていやらしく互いの肉を擦り合わせた。
声音は少しずつトーンを上げ、より艶かしい嬌声へと変わっていく。
「気持ち良いんだろう?言ってみろ」
俺自身、呼吸は乱れていて、意識的に声を低く抑えながらサイドの髪を撫でやれば、彼はもう殆ど快感に酩酊している様子で上擦り甘く蕩けた声で漸く応えた。
「駄目…ッ…こ、な……ん…ぁ…おか、し……っ…駄目…ぁあ…んっ…」
「セックスは気持ち良くて当然、何が駄目なんだ」
「本当…っ…違、ぁ…ひぁッ…動…っ…くな…あぁっ…!」
彼の性器は粗相をしているかのように先走りを溢れさせ、ひくひくと脈打っては互いの腹を叩いている。
慎ましく純粋、そうシジフォスは評していたが、確かにそうなのかもしれない。
こんな淫らな様を見せながらも彼は純潔そのものだった。
「……頼む…っ…から…」
喘ぎ混じりの涙声で懇願されて自重する男なぞ居る筈もない。
彼は内股で俺の腰を挟み律動を遮ろうとするが、突き上げると力が抜けてしまうらしく、まるで悦楽を望んでいるかのように股が無防備に開く。
「いや…ぁ…駄目……お願、い……あぅ…っ…」
しがみついていた左手が肩から滑り落ち、それでもまだ俺の髪を指先に絡めていて、彼にしている仕打ちとは裏腹の、甘やかな心持ちにさせた。
白い肢体が強張りを増して小刻みに震え始め、彼の絶頂の近い事を知る。
「…も……やめ…ひ、ぅ…は……ッ…!」
腰が大きく跳ねるのに合わせて突き上げると、彼はしなやかに背筋を反らせ声無き悲鳴に唇を開いた。覗く赤い舌先迄震えている。
懸命に絶頂を堪えようとしているようだが、柔らかく解れた肉筒の締め付けが一層強まり、後孔が性器を搾るかのような蠢きさえしていて、もう彼の耐えられないのは明らかだった。
「エルシド」
囁きは自分でも驚く程に甘く掠れている。
「……っ…」
髪を絡める指先が折り畳まれ、潤んだ双眸が薄らと開く。
「……お前、俺の物になれ」
「……な、ぁ……ひ、やぁああぁ…ッ…!」
腰を押さえ付け、力任せに最奥迄突き刺したと同時、彼は悲鳴に近い甲高い嬌声を響かせて熱い飛沫を迸らせた。


■ ■ ■ ■ ■


――どうしたらこの男を本当に俺の物に出来るのだろうか。
そんならしくもない執着をもって失神した彼の青白い顔を見下ろす。
この世に生を受けてから、俺の物等、顔を隠す仮面だけだった。
俺の持つ物全ては兄の温順で借り受けた物。俺を気遣かってくれるシジフォスや侍従でさえ、兄の物だった。
シーツに転がったままの仮面に手を伸ばしてはみたが、嘲笑っているかのようなその三日月型の眼と視線を交わしたのみ、指は銀の表面を弾きベッドから仮面を落とした。
彼の肌にはまだ彼と俺の精液が混じり合って残ったままだ。
慎ましい後孔は情交に赤を増して縁を腫らし、小さく口を開いて濡れた肉襞を僅かに覗かせている。
――此処に男を教え込めば、彼は本当に俺の物になるのだろうか。シジフォスが兄に堕ちたように。
中指で後孔を辿ると彼は僅かに身動ぎをしたが、目覚める気配はない。
「……エルシド」
彼もやはりシジフォスと同様、抱かれ慣れた身体にされれば、恐らくは他人との情交等出来なくなるのだと思う。
純潔な精神、それが故に肉欲に堕ちた身体を誰にも曝せなくなる。
この身体は、彼の表面だけは、俺の物にし、独占する事が可能だ。
――纂奪者。
彼の言葉が俄かに蘇った。
「……本当に、奪って良いのか」
重ねる事を禁じられた唇は目の前にある。
その薄い唇を避け、白い首筋に唇を寄せ紅い印を残した。



END



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