「知らない男に使わせるくらいの穴なのだから構わないな?」
また少し、傷付いたように濡れた瞳は揺らいだが、暫くの逡巡を見せた後に頷きながら顔は伏せられた。
「……力、抜いていろよ」
一応声は掛けてみるが、緊張に強張った身体からは一向に力みが消える様子は無い。
息を吐き出す瞬間を狙って一息に亀頭部を埋め込んだ。
「ひあッ…あ、あぁ…っ…!」
高い悲鳴と共に背中が反り、びくびくと痙攣する。
肉の輪の締め付けは予想していた以上にきつい。噛み付くようなその締まりに性器に鈍い痛みが走ったが、恐らく彼の痛みは俺より遥かに大きい筈。
息を詰めてじりじりと腰を進め、雁首が前立腺の辺りに当たる場所で止める。
「ん、ん…ぁ…ふ…ッ…く…」
必死に苦痛を堪えている白い背中、上体を前傾させ、その耳元へ囁く。
「腰を使え」
無理は判っていた。これ以上は出来る筈も無い。
「出来るだろう、使い込んでいるなら」
笑気を吹き掛けて更に追い討ちを掛けると、彼は枕に頭を擦り付け、そのまま動かなくなった。
呼吸さえ詰めていて、時折小さく漏れる鳴咽に肩が震えるだけ。
――拒絶すれば良い。非難すれば良い。
昏い期待をして白い背中を見詰めていると、白く色を失っている指先がゆっくりとシーツを握り直した。
引き攣れた息が少しずつ吐き出され、僅かに腰が揺れる。
意図した所作と思えず小さく笑い声を漏らしてしまったけれど、強張りながらも怖ず怖ずと確かに彼は指示に従い始めた。
十分に濡れてはいても肉が張り付いてしまうのは、未だ拡張が足りないせいだ。
その肉を懸命に引き剥がして不器用にぎこちなく尻を揺らそうとする。しかし当然先のようにはいかない。
「ひ、ぅ…っ…う、く…」
再び鳴咽が目立ち始めていたが、僅かに腰を揺らしては止めるのを必死に繰り返し続ける。
――何故拒絶しない。
もう嫌だ、と、ただ一言で済むものを何を頑なに拘るのか。
悦楽さえない、苦痛と恥辱。それに耐えたところで彼に何が齎される訳でもない。
罪悪感故に俺の許しが欲しいのであったとしても、この行為を経て迄望むような価値のある物とは思えなかった。
――くだらない。
健気な背中に吐き捨ててやりたくなったけれど、俺は彼の細い腰を右手に支えその稚拙な動きを遮っていた。
「……もう良い」
――くだらない。
胸中の言葉は俺自身に向けられていた。
白い身体は小刻みに震え、制止を聞かずにまだ俺に快感を与えようとする。
「やめろ、エルシド」
薄い腰骨を強く押さえた。
「…っ…何…で……」
僅かに頭を持ち上げて俺を肩越しに振り返った彼の目許は涙に腫れてすっかり赤くなっていた。
瞳に常の強さなかったが、それでも未だ、何かの明確な意志を感じさせる。
――俺のような曖昧でない、何か。
細く息を吐き、強く掴んでいた腰骨をそっと撫でた。
「……お前、初めてなのだろう?」
指摘した途端、表情が悲しみ露わに歪み、黒瞳から大粒の涙が新たに溢れ出した。
「……違う、本当に、俺は…っ…もう、たくさん」
首を振って言い繕う姿が胸を酷く軋ませた。
刺激しないよう、負担を掛けぬよう、慎重に上体を前傾させ、腫れた目許の眦に唇を落とす。
「どうしてそんな嘘を」
身体は節操無く、彼の窮屈で熱い肉筒に悦んだけれど、これ以上、彼を辱める事に迷いが生まれていた。
彼の意志のように確固足るそれが、俺には無い。
――揺らぎ過ぎて、無駄な傷を負わせる。
腰を少し引くと鎖が鳴り、腰骨に触れる手に彼の手が重なった。
「お前、が…っ…満足するように……する、から……止めるな…」
「お前」
「ちゃんと、する…っ…頑張るから……」
選ぶ言葉迄幼くなっていて、それだけ彼が懸命になっているのが伝わる。
――面倒臭い。
そう思う反面。
「ひ、ぁあッ!」
勢いに任せて腰を引くと、赤い襞が纏わり付いて捲れてしまう。性器を抜かれた後孔は異物からの解放に喘ぐかのように、しきりに収縮を繰り返していた。
「デフテロス…っ…」
また泣かれる。あんなに見たいと願った涙なのに酷く胸が軋むのは何故なのか、どうしても判らなかった。
肩を掴み身体を再度仰向けに転がすと、恐怖より悲哀の色の強くなった濃緑の瞳が真っ直ぐに俺を見詰めた。
何が彼をそこ迄駆り立てているのか判らなかったけれど、どうすれば彼がこれ以上、傷付かずに済むのかを今更考える。
俺に抱かれたい訳は無いだろうに、彼の左手は恐る恐る俺の唇を撫で、そのまま首筋へと回された。
「……本当に知らんぞ」
低く唸るような脅しを掛けても彼の瞳は逸らされない。
射抜かれたように、俺も逸らす事が出来なかった。
「……良い……何でも良いから……お前を、抱き、締め、たいんだ……」
――何故。哀れみなのか。
問い掛けたかったけれど、ただそれだけの言葉が、情欲の齎す以上に身体の芯を熱くさせた。
「……デフテロス、頼む、から……顔を」
彼の右手が仮面に触れても払えない。
「顔を…見せて、くれ……」
ゆっくりと静かに外された銀の仮面がシーツに転がり落ちた。


■ ■ ■ ■ ■


再度半ば迄押し込んで、やはり彼は苦しそうに顔を歪め歯を食い縛っていたけれど、俺を繋ぎ留めようとするかのように抱き締めてくる左腕が落ちる事は無かった。
「まだ…っ…全部、入ってない…」
目許と頬に唇を滑らせ腰を撫で、力んで震えている身体をあやしていると、そんな生意気な事を言う。
「……もう少し、お前が慣れてから」
柄にも無く気遣うような台詞を吐いてしまって、言った傍から眉間に皺を作ると彼の右手が俺の頬を撫でた。泣いている癖に微かに笑う。
「……有難う…」
そんなやり取りに俺迄口許が緩んでしまった。
「初めて、なんだろう、エルシド」
「……頼む、から…言うな」
短い前髪を撫で梳いて額にも口付けを落とすと、甘く鼻に掛かる吐息が漏れた。
「貞操は大切か?」
もうそれを殆ど奪ってしまっているのだが、彼は上気した頬を更に紅潮させて俺のサイドの髪を緩く握る。
「……当たり前、だ…」
困っているかのように下がる眉尻が何とも幼く見えて、また笑みが零れた。
「なら、そのまま大切にしていろ」
他の男に抱かせるのは、少し、否、大分、惜しい。
確率が限り無く零に近いとしても、彼がシジフォスを抱くのさえも許せなくなりそうだった。
不器用で禄に性戯も出来ない使えない男だが、やはり手に入れたい。
理由も未来も無責任で、俺自身は何も見えないままだけれど、見えている彼は本当に綺麗だったから。
少し腰を揺らして前立腺を刺激するとびくりと肩が跳ねる。
「あ…く…っ…!」
「此処、好きだろう」
当然の事を確認しただけなのに、彼は何故か必死に首を横に振った。
「…違……う、好きじゃ、ない…」
散々泣き腫らした目許に新たな涙が浮かぶが、今度は胸は痛まない。ただ、愛らしいと思う。
小刻みに腰を使うと澄んだ硝子玉のような涙が溢れてくる。
「…ッ…あ…駄目、だ…っ…」
両腕でしがみつかれて少し抱き締め返してみると、彼の腕は更に力が篭った。
「本当、駄目…っ……俺……」
快感を堪えようとして歪む顔さえ綺麗で、堪らずに口付けを落とそうとしたが、寸前で留めた。



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