汚いから等と抜かすのだろうと予想は出来たが、彼はそれ以上口にせずただゆるゆると首を振る。
面倒だが無理強いをして喚かれたら興が冷める、と、自分に確認をしてサイドテーブルに片手を伸ばした。
此処では持っていても余り役に立つ機会は無いが、確か潤滑油や媚薬の類が幾つかあった筈。上体を乗り出して引き出しを手探りし、潤滑油の瓶を取った。
蓋を歯で噛んで外し捨て中の液体を見せるように指に滴らせる。
「……これで良いか?」
彼はそれで漸く髪を手放し、また顔を背けた。応答は無いが手はまたシーツを握り締めている。
健気も此処迄来ると呆れてしまうが、強張りながらも開かれた脚、尻を割って遠慮無く赤い窄まりに中指を潜り込ませた。
「ん……く…っ…」
呻くように漏らされた声は低くくぐもっている。
元より痛め付けて遊ぶ趣味は無い。先日弄った場所でまた泣いてくれれば、取り敢えずのところはこの欲求も満足するかもしれなかった。
第二関節迄侵入させた指を腹側に向けて鉤状に折る。
「…ぁ……っ…」
性器がひくりと揺れて快感を示す。声は控え目だが、直ぐに抑えが利かなくなるであろう事は間違いなかった。
「ふ、ぁ……ぁ…ん…っ…」
前立腺を軽く押す度に小さな甘い吐息が漏れる。シーツを握る手は力が篭り過ぎて完全にその色を失っていた。
「声を殺すな。聞かせろ」
無体と自覚しながら上から命令する。
彼は俺の機嫌を確かめるかのように涙目の双眸をちらりとこちらに向け、噛み締めていた唇をゆっくりと薄く開いた。
まるで中途半端な意志を持った操り人形だが、好きに出来る玩具と思えば悪くない。
力任せに肉襞を擦ると派手に腰が震えた。
「ひ、ぁ…ッ…あ、ぁ…っ…!」
それでも声は未だ喉奥に詰めて堪えようとしているらしい。目の縁に溜まっていた涙が一雫、零れて枕に小さな染みを作る。その涙はやはり澄んでいて美しかった。
二本目、人差し指を添えて突き入れると上体が丸まるようにして逃げを打ち、股が閉じ掛ける。軽く尻を叩いてそれを妨げ、狭い肉筒を軽く擦り立てれば、その律動を嫌がるようにして肉が張り付いてきた。
「あ…ぅ…は、ぁん…ッ…!」
喘ぎも徐々にトーンが高くなる。殆ど触れていない性器も勃ち上がり、律動に合わせて脈を打つ。
「……尻を使った事はあるんだったか」
少し意地悪を口にしてしまった。
彼の身が更に強張る。
「ん…ッ……あ、ひぁ……っ……あ、ある…っ…」
――そう答えなければ俺が悪者になる。
予想通り、期待通りの答えだった。
「どのくらい?」
「……たくさん…っ…」
喘ぎに混じり痛々しい嘘が紡がれる。見栄もあるのかもしれないが、尻を何度も使った奴はこんなに震え怯える事は無い。経験上、良く判っていた。
「誰に、使わせた?」
底意地の悪さに拍車が掛かっていく。彼はとうとう涙をぽろぽろと零し始めた。
「……判ら、ない……知らない、人…ッ…」
子供のするような下手な嘘だったが、清らかに澄んだ涙故か、酷く愛らしい。
「恋人としかキスはしたくないが、尻は知らない男にでも使わせるのか」
矛盾を突いてやると涙は更に零れて鳴咽迄混じり出した。
「最低だな」
心にも思っていない冷めた台詞を吐き捨てれば、彼は鎖に繋がれた右腕で顔を隠してしまった。
こんな事をやらかせば面倒なだけなのに、とにかく泣かせたくなる。この悪い衝動はどうにも治まらない。
「散々使われた尻だ。腰の使い方くらいは判るのだろう?」
一度指を引き抜いて強引に身体を俯せに転がし、尻だけを高く掲げさせた。その肉孔だけを目的としているかのように。
三本の指を揃えて一息に突き刺すと背筋がしなやかに反り返り、肩甲骨の落とす影が濃くなる。
「はぁ…ッ…あ…や…ッ…!」
「早く振れよ、尻」
埋め込んだ指はそのままにして彼の白い背中を眺める。どう反応してくるか、つい唇が緩んでしまった。
「う…っ…く、ん…っ…!」
僅か間を置いてからぎこちなく尻が横に揺れ出したが、とても性戯とは呼べない、拙いにも程がある所作。
それでは彼自身、快感は殆ど得られないだろうが、後孔が拡張されて時折赤い粘膜が垣間見えるのは少なからずそそられた。
「この程度では無いのだろう?いつものようにしてくれて構わないぞ、ほら」
指を浅く引き、前立腺を刔りながら一気に貫くと、その衝撃故か、いやらしく腰がくねった。
「あぁッ…あ…ん…っ…!」
「その調子で腰を使っていろ」
彼は怖ず怖ずと肩越しに俺を見遣ったが、直ぐに諦めてしまったようで、また不器用に尻を揺らし出す。
「違うだろう、先のは」
「ひ、や…ぁあッ!」
また一度だけ、律動を与えてやると面白い程に腰が大きく動いた。
「それだ。やれ」
憐憫を誘う小さな鳴咽は枕にくぐもる。それでも彼は懸命に俺の命に応えようとしているらしく、腰使いは先よりも幾分か色気を伴い始めた。
湿り気を帯びた肉が擦られる度に、くち、くち、と小さな音を響かせる。
尻を上下させた方が快感を得られる事に漸く気付いたようで、控え目ながら前立腺を自ら擦るような動きも加わってきた。
「はぁ、あ、あ…ッ…」
先走りが性器から零れ落ち、シーツに染みを作り大きくしていく。
何かを貫こうと、守ろうとするかのような高潔な精神と、腰を精一杯くねらせる淫らな肉体の共存。
劣情を煽る光景だった。
まだまだ拙く、性交経験が無いのは一目瞭然だが、不覚にも何時の間にか俺の身体も興奮を始めていた。
此処迄俺自身が発情するのは些か予定外だったが、目の前にある穴で取り敢えずの性欲処理は出来る。常ならば迷わず使うだろう。
けれど、彼を肉の穴として使ってしまっても良いものか躊躇してしまった。
彼の想い人であるシジフォスは抱かれ慣れた身体。仮に彼の恋慕がシジフォスに届く事があるとしたら、余り尻の快感は教えない方が良いのだとは思う。
しかし、シジフォスが彼の想いに応えないであろう事は予測出来た。
シジフォスは、アスプロスを想っている。恐らくは、死ぬその一瞬迄、想い続ける。
――ならばシジフォスが口にした、この不器用な男の慕っているとかいう、彼の部下と、黄金ではマニゴルドやカルディアか。
部下の話迄は流石に判らない。
マニゴルドもカルディアも遠目からでしか見た事は無いし、侍従からの話を聞いたのみだが、二人共それなりに性には奔放だった筈。
――いずれにせよ、俺の知った事ではない。
らしくもない事で迷ったのは結局ほんの十数秒だったかもしれない。
「ふ、ぁ…」
唐突に指を引き抜かれた彼は戸惑い露わに様子を窺って来た。
尻を軽く叩いて宥めてから膝立ちになり下肢の衣類を寛げる。
「穴、使うぞ」
そのままの体勢で濡れた右手で自身の性器を扱きながら後孔の具合を目で確かめた。濡れ方は十分だが、受け入れるとなると苦痛を与えるかもしれない。
彼はまた枕に顔を埋めて肩を震わせている。本当に怯え怖がっているようだったが、拒絶は口にしない。否、出来ないと勝手に決めているのだろう。
頑なな意志は時に自身を腐食させる。そんな哀れな姿も情欲を誘う材料にしかならなかった。
収縮を繰り返している後孔に性器を押し当てると、彼はまた視線を俺に投げた。
「……デフテロス…」
呼び掛ける声は何とも頼り無く弱々しいものだったが、鼻先で一笑に伏してしまう。



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