元は俺が使っていた寝室だから衣服は揃っているし、多少調度もあった。
この男はそれを見付け出しては身支度を整え、鍛練を始める。
このまま放っておけば箪笥を持ち上げての筋力強化鍛練迄し兼ねなかった。
それで調子を崩されでもしたら当然この男は長居をする事になり、俺の仕事が増える。酷い悪循環だ。
「取り敢えず飯だ。食え」
トレイを叩くと渋い顔をして身を起こした。恐らくは刀剣を投げ捨てられた事に不貞腐れているのだろう。
如何にも持ち上げられて甘やかされている聖闘士最高位らしい反応だ。
世話をされる事には慣れていても、ぞんざいに扱われるのには慣れていない。
それでもこの男はまだ手の掛からない方なのだとは思う。
獅子宮の主は一日中隠れんぼや鬼ごっこに侍従を付き合わせているらしいし、巨蟹宮の主は平気で夜遊びをして行方不明になってはギャンブルで多額の負債をし街で皿洗いをしている始末。処女宮の主は一日中念仏を唱え木魚なぞも叩いていて煩いようだし、天蠍宮の主に至っては頻繁に体調を崩すだけで手が掛かるものを、とにかく我儘極まり無く、林檎畑迄作らせていると聞く。
アスプロスやシジフォスが人格者扱いされる理由も判るという物。彼等が特別というよりは、比較対象となるその他が酷過ぎる。
そういえばエルシドの荷物の三分の一は林檎だった。恐らくは天蠍宮の主に持たされたのだろう。
怪我人にはとんだ負荷だが、捨てて来ないのがこの男らしさ。
今日の昼飯にはその林檎を付けている。
「……頂きます」
丁寧に頭を下げてからスープに手を伸ばした。
この男、食事の仕方迄教本通りだ。
徐々に血糖値を上げた方が身体に栄養素が行き届く。故にスープや野菜等、血糖値の低い物から手を付け、パンや肉類は最後に食べるのが最も効果的だ。
アスプロスやシジフォスもそんな食べ方をしていた。俺は並んでいたら迷わず好物の肉から食べていて、二人から良く小言を貰っていたが。
エルシドは食事中、黙々と食べる。良く噛んで味わって、最後に「ご馳走様。美味しかった」と言う。
夕飯もそんな決まり事通りに全て平らげ、茶を飲んだ。
大分食欲は出て来たようで安心する。
額に手を伸ばすと僅かに緊張をしたようで肩を強張らせたが、不平を言うでもなく大人しく体温を確認させてくれた。
「熱は大分落ち着いたようだな」
「……お陰様でな」
食器を纏めるところ迄やり始めるのだから本当に日常生活では手の掛からない男だ。だが、肝心な部分は厄介極まりない。
「包帯を替えるぞ。服を脱げ」
その為に衣服を取り上げ、代わりに簡素な長衣を渡しているのに、是が非でも上下を揃えて布を纏おうとするのだから困り者だ。
鎖が衣服の中を潜るくらいならば、必要時に長衣を羽織るだけでいた方が幾分も心地良いと思うのだが、何故こうも習慣を徹底的に守ろうとするのか全く判らない。
「……自分で」
やはりごねられる。肌を見られる事自体にも抵抗があるようだ。しかし世話の一切を任されている以上手抜きはしたく無い。
無理矢理剥ぎ取ろうと襟首に手を掛けると「判った、待て」と少し慌てた調子で訴えて来た。
嫌ならば最初から従えば良いものを、面倒臭い。
脱衣を視線で急かすと緩慢ながら漸く衣服を脱ぎ出した。
白人らしい肌、陽に焼けない体質のようで、透き通りそうに白い。包帯の白さが濁って見える程だ。
包帯が解かれて小振りの淡い桃色の乳首も露わになり、思わず注視してしまう。
聖域で流行っているような男色の気は薄いと思っていたのだが、彼の身体の造作には何とは無しに興味をそそられた。
手刀での斬撃を得意とするせいか、肩は男らしく張り、胸から腹に掛けての筋肉は良く鍛えられているが、腰回りの肉付きが些か薄い。大腿はそれなりだが、それが故に腰の細さが余計に際立っていた。
下着を残して全ての布を取り払った白い肢体、右胸から左腹に掛けての傷と左大腿の傷は特に目立っている。朱い直線、幾らこの地が傷を癒すとは言っても、恐らくは少し痕が残ってしまうだろう。些か勿体ない。
消毒液に浸したガーゼで拭うと滲みるのか、声こそ上げないもののその眉間に皺が寄った。同時に乳首が尖り始める。
少し揶揄いたくなって小指で乳輪をなぞるとぴくりと肩が揺れたが、性的な触れ方と気付いていないようで、特に嫌な顔も見せない。こういうところにも妙な危うさを感じてしまう。
上体の傷を拭い終え、大腿にガーゼを宛がったついで、上体を屈めて鎖骨に軽く口付けてみた。
「……デフテロス」
流石に戸惑ったらしく名を呼ばれたが、構わずに唇を滑らせ乳首に吸い付く。
「おい……っ…」
大腿を撫でながら乳首の感触を唇で楽しんでいると、遠慮がちに俺が纏っているローブの肩を掴んできた。
ほんの数日前、苛立ちに任せて彼の身体を弄んだ。
彼は発端となったその言を謝りたかったようだが、聖域の善良な民からすれば、俺なぞは卑しく見えて当然だと頭では判っている。
傷付いたと思いたくはなかった。そんな惰弱な心根、それこそ兄に笑われる。
だから謝罪の機会を遮り続け、常と変わらぬ態度を貫いたら彼も不器用ながら少しずつ合わせてきた。
それなのに俺は、彼の言葉、彼との一時を忘れられずにいる。
――あの凶星がアスプロスに罪を着せて双子座に取って代わろうと企んだのではないのか。
そう吐き出した彼は、彼自身がその言葉で傷付いているかのように青白い顔をしていた。
――纂奪者。
心の底に沈んでいる汚泥は、俺の揺らいだが為に濁りとなった。
実際にそうであったら、どんなに良かっただろう――否、確かに俺が罪を唆したようなものだ。
だから俺は侮蔑も非難も全て受け入れなければならない――もうこれ以上、責めないで欲しい。
相反する激情が攻めぎ合い、結局俺はどれにも成り切れなかった。
ただ、苛立ちに任せ、目の前にある唇に噛み付き、身体をまさぐった。
――この男も兄を望み、俺を疎むのか。
そう思ってしまったのも事実だった。
俺は彼に何を期待していたというのだろう。
出会って四日、それだけだったけれど、あの瞬間迄、俺は彼の前で本当に俺でしかなかった。
しかし、あの瞬間から、俺は彼の前でも影になってしまった。
――違う、だろう。
影に戻る俺を引き留めようとしてくれているようにも聞こえた。
だから、汚して貶めて、やはりお前は卑しく薄汚い影だと、糾弾され、拒絶されたかったのかもしれない。
――奪え、早く。
それなのに、彼は俺の激情を一身に受け留めたばかりか、俺を凶星と知りながら抱き締めた。
彼が抱き締める程に、俺はまた一層揺らいだ。苦しくて堪らなかった。組み敷いた彼の涙ばかりが澄んで見えた。
その清らかな涙が、瞼に焼き付いたままだ。
「……ん…っ…」
乳首を柔く食んでいると、その尖りはより硬くなる。
鼻に掛かる甘い息をもっと聞きたくなった。
――また、彼の涙を見て、確かめたい。
「エルシド、そろそろ溜まる頃合いか?」
下品な揶揄と共に大腿を拭い終えたガーゼをボウルに放り、下着越し、性器ごと陰嚢を掌に捕えた。
「な……」
彼は瞬時に頬を紅潮させた。
「拘束されて大して身体も動かさずにいれば欲求も発散出来んだろう」
ゆっくりと陰嚢を揉み込むと肩が面白い程にびくびくと跳ねる。
「下の世話もしてやろう」
「良い、大丈夫だ、遠慮する、自分で」



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