安い挑発に男が乗るとは思えなかったが、酷く汚らわしい人間だと思って貰えるのなら、それだけでも十分だ。
閉じる双眼を押し付ける肩は温かい。いっそ熱い位だった。
「……酷い熱、だな」
聞いた事のある囁きと共に指の動きが変わる。肉筒の壁を辿って何かを探るような。
「……ッ…!」
瞬間、強烈な電流のような感覚が走って腰が跳ねた。数秒遅れて、それを性感だと頭が認識する。
身体に何の異変が起こったのか判らず、彼にしがみついていた腕が緩んでしまった。それを狙い済ましたかのように、両の腕を纏めて頭上に縫い留められる。
抱き締める事が叶わなくなって目の奥が熱くなったが、また不意打ちにその一点を指先が刔って、不甲斐無い脚は勝手に膝を擦り合わせようとした。
仮面に隠されている瞳、その視線だけを感じて、戦慄に似た悪寒が背筋を走る。
男の身体が脚の間に入り込んでいて、内股は彼の腰の幅迄しか閉じられなかった。
根底にある恐怖がじわりじわりと浸蝕し始める。
「……そこ、は…っ…」
「此処、な」
また、今度は爪を立てるようにして引っ掻かれた。
「…ッ……ひ、ぁあ!」
苛烈な性感に、とうとう高い悲鳴が喉から零れてしまって、涙が滲む。
怖くて堪らなかった。苦痛ならば耐えるのは慣れていたが、こんな性感は初めてで、勝手に身体が怯えてしまう。
「は、ぁ……や…ぅ…ッ…んんっ…!」
そこばかり指が押し上げて来て、拒絶の言葉が今にも口を突きそうになり、唇を強く噛めば先に切られた傷が新たな血を滲ませた。
ぞんざいな刺激しかされていなかった性器が裏筋を見せる迄に反り返って、はしたなく脈を打っているのを自覚する。
男は黙したまま執拗に一点だけを刔り、擦り、圧迫するのを繰り返し、俺はどうしたら良いのか判らなくて殆ど無意識にシーツを蹴って指の矛先を逸らそうとしていた。
「逃げるな」
冷たい声に命じられ、恐怖は煽られるばかり。
「ふ、ぁ……あ、や…ッ…あぁあ…っ…!」
拷問と思えるような快感に、何時の間にか本気で逃げを打っていて、腰を跳ねさせてはくねらせていたけれど、指の責めは一層その角度を付けてきて、全身が小さな痙攣を始めていた。
「…ん…ッ……あぁ…っ…」
大量の先走りを垂れ流す性器が左右に揺れて、雫を撒き散らす。
「……い、ぁ…ッ…嫌……」
零れてしまった拒絶の言葉を自覚して、慌てて首を振った。涙が止まらなかった。
「…違……っ…ぅ、あぁッ…!」
きっと俺は酷く醜悪な顔をしている。触らせたくない位に、汚らわしいと思われている。
悪魔、そのもの。
「……お前は……」
男の声ももう良く聞き取れなかった。
息苦しい程に体内に熱が篭っていて、負っている傷さえ何処が痛むのか曖昧になる。
せり上がる浮遊感に半狂乱に泣き叫んでいるのだけは自覚していたが、その先に何があるのは判らなかった。
「は…ッ…ぁ、ひ…ッ…!」
塞いでいる筈の視界が突然明滅する。白い閃光が見えたと同時に派手に背中を反らせていた。
がくがくと全身が打ち震え、噴き上がる精液を意識する余裕さえ無かった。
吐精を自覚したのは二度目の波、体験した事のない強烈な絶頂感は弱まりながらも断続的に続いて、指が襞にめり込む度に少量の白濁を噴き零し、尿道内の残滓迄吐き出して性器が脈打つのみになったところで漸く指が抜き取られた。
肉襞が追い掛けるかのように絡み付いてしまって、その摩擦感にまた性感を得る。
辛い程に長かかった絶頂の波が漸く落ち着く頃には、身体は時折痙攣はするものの脱力していて、押さえ付けられていた筈の手首が解放されていたのも気付かなかった。
短い前髪を梳き上げられてそのまま男の腕に抱き締められる。
「……デフテロス…」
その背中に腕を回せたのかも判らない。
掠めるように触れ合った唇の熱だけが記憶に残った。


■ ■ ■ ■ ■


額に宛がわれた冷たいタオル、その心地良い感触に意識はゆっくりと覚醒した。
しかし、双眸を薄く開いたところで掌に視界を邪魔される。
誰がそうしているのか判らなくて、唇ばかりが開いたが発しようとした声は空気を漏らすだけ、喉は渇き切っていて焼けるように熱かった。
「……もう少し寝ていろ」
掛かる声に漸く頭が働き出して、慌てて右腕を上げると繋がる鎖が派手な金属音を立てた。
――俺は。
傷は疼くように痛んでいたが、記憶している程の激痛では無かった。
結局、あれからどうなったのか判らない。
掌を退かそうと右手を目許を押さえる手の甲に掛けると、その右手に冷たく滑らかな絹の糸のような感触。遅れて唇に柔らかな熱。
口内に流し込まれたのは冷水、欲するままに考える間も無く嚥下したが、その程度では喉の渇きは治まらなかった。
手指を撫でていく、恐らくは髪、氷が硝子を叩く涼やかな音が鳴り、また唇に施しを受ける。
「……デフテロス…」
漸く発せられた声はしゃがれて掠れていた。
――何と詫びれば。
不甲斐無くも目の奥が熱くなっていくが、彼は黙ってまた唇を重ねる。
冷水が喉を滑り落ちる度に渇きは増していくようにも思えた。
柔らかな髪に右手指を絡ませて握り込むと、それを咎めるかのように目を塞いでいた手が右手首を捕える。
視線の交差、間近にある、吸い込まれそうな空、紺碧の瞳。
「……今度間違えたら本当に喰ってやろうと思っていたのに」
双眸は穏やかに細められ、俺の右手を撫でてあやす。
「俺、は」
「煩い」
何も言い出さない内に言葉は遮られた。
「お前が大人しくしていないからまた熱が上がった」
グラスを取る赤銅の手はまた唇に水を含ませる。
意識が再び混濁を始めていた。
重なる唇には何の疚しさも無い。
――悪魔のカード、その正位置は、拘束、裏切り、堕落。



END



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