「ひ……ッ…はぁ…!」
「夢は褒美、楽しむが良い」
縛られたままの震える性器を硬い指が包んで、やんわりと扱き出した。それにより俺の苦痛が増すのを判っていながら、彼が。
「幸せな夢、お前の望みなのだろう?」
――違う。
叫びたい程の、哀しみ。
――望んでなんかいない。
身体の欲と心の欲は平行している。決して交わる事は無かった。
それなのに、ゆっくりと近付く薄朱い唇から目を背ける事さえ許されない。
「『俺』を呼んでみろ」
彼は唇に囁き掛ける。俺の体内に、その残忍な性器を埋め込みながら。
「…嫌だ……やめろ…っ…あ…ぁあ…ッ…!」
息が詰まる程の圧迫感に再び涙が零れた。
「救いが欲しいのだろう?」
彼の姿、彼の声。
呆気無く重なってしまう唇も、彼のそれ。
こんな幻想に惑わされるまいとすればする程、胸が軋んでいく。
触れるだけの遠慮がちな口付けが、夢にまで見た彼の所作に似ていて。
不意打ちに根本迄一気に貫かれ、身体が派手に退け反った。
「ふぁ…ああ…ッ…ぁあッ!」
――見てしまった、汚してしまった、あんなに清らかな人を、俺は。
低く嗤う神々、全てが彼の声で反響していた。


■ ■ ■ ■ ■


憧れて、背中を追って、見詰め続けて、いつの間にか俺の覚悟は決まっていた。
彼が俺の名を呼ぶより前に、俺は彼の前に立つ。
彼は常に自身より弱い誰かの盾になって血に塗れていた。
だから俺は決して振り返らなかった。
彼がか弱い誰かの盾になるならば、俺が彼の前に立ち、彼を傷付ける全てのものを斬り捨てれば良かった。
彼の前に立って剣を振るう事は、戦女神に忠誠を誓う聖闘士の道と、結果的には同義だった。
柔らかなダークブロンドの髪も、天空を映す蒼の瞳も、優しいカーブを描く薄朱い唇も――天使のように清らかな彼の姿は、俺の記憶にあればそれで良い。
それが全てだった。
それ以上を望んでしまう度に、何と罪深く汚らわしい欲なのだろうと、強く強く自分を戒めた。
悪夢から解放された彼が放った黄金の矢を斬った衝撃は、今でも身の内側に響いている。
聖戦で生き残る選択肢は、俺達にはきっと初めから無かった。
聖戦の中で自分を全うして死ぬ。
それは確信だった。
だから、彼から離れた場所で、彼の実体を見ずに、右腕を失い膝を折った無様な姿を晒さず、彼より先に、看取られずに逝けて、嬉しかった。
万が一、あの場に彼が居たら彼は俺の前に立ち、盾になろうとしたに違いなかった。
俺に託したあの矢さえも、俺を含む弱き者を護る盾だったのだから。
俺は、最期の瞬間だけ、本当に彼の剣となれたのだろう。
彼の護ろうとする者を傷付ける悪神は、俺がこの身をもって始末した。
俺に力があれば、もう少し長く彼の剣でいられたのかもしれないが、それが俺の出来得る最善だった。
だから、悔いる事も恥じる事も無かった。
右の掌に唇を押し当てる。
貫いた道――それが故に、俺は此処に囚われている。
「……俺は嬉しかったんだ」
自分に言い聞かせた言葉、鳴咽が喉を震わせた。
彼の姿に、気が狂う程に無理矢理何度も犯されて、自分が何を喚いているのか判らなくなる頃に漸く意識を手放す事を許された。
「……嬉しかった……」
夢は見なかった。見せる必要が無かったからなのだろう。
目が覚めたら涙が溢れていた。
後孔は緩み切り、体内に吐き出された白濁をそのまま垂れ流している。失禁したらしい跡もそのままに残っていた。
――助けて。
その一言だけは、堪えられたと思う。絶対に堪えていなければならなかった。
俺は俺の生を全うした。その先に在る今は俺の生の結果。
救いを願う事は決して許されない。
振り返れば、彼が、俺の前に立ってしまう。
彼は彼の愛する戦女神と次代を受け継ぐ同胞の盾でなければならない。
もう、清廉な彼の名を呼ぶ事すら出来なかった。
せめて彼の死が、彼の生を全うした果てにあるように、その死が安らかなものであるようにと、ただひたすらに、願う。
「……どうか」
この願いが何処かの神に届くのならば、俺はもう、どんな汚名を着せられようが構わなかった。
俺は囚われている。
それを誰かに知られる事はないのだろうから。



END


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