頭に重く響く鼓動は俺のものなのか、それとも俺の平らな胸に顔を埋めている男のものなのか。
俺は零れそうになる声を堪えるのに必死で、彼のダークブロンドに指を絡めてひたすら握り締めていた。
胸を辿る舌は徒に乳首を舐め上げては鎖骨に吸い付き、甘く歯を立ててくる。
「エルシド」
まるで愛しい者に呼び掛けるかのような優し過ぎる声音に不覚にも涙が滲んだ。
恐る恐る視線を下げると透き通る空のような蒼い瞳に会う。頬に差し延べられた大きな掌は俺と同様に傷だらけで、硬い皮膚が肌を掻いたけれど、切なくなる程に優しく、温かい。
俺は彼の唇を奪いたくて顔を寄せる。
触れたくて、けれど触れる事など叶わないと知っていた、清廉で美しい、天使のような、彼。
彼の指先が下肢の中心を緩く辿り上げて、俺は思わず彼の名を呼びそうになる。
憧れて、背中を追って、見詰め続けて、身の程知らずにもいつの間にか望んでしまっていた彼の薄朱い唇が、目の前にあった。
――いけない、触れては。
一瞬蒼い瞳が苦しげに揺らいだ気がして、寸前で顎を引いた。
「エルシド……」
訝げな問い掛けを黙殺して、俺は目を瞑る。
――呼ぶな。
尚も呼び掛ける声、腕を引く手を必死に拒絶する。
彼の声。彼の姿。
誘惑しないでくれ。
俺は、彼を見てはいけないのだから。


■ ■ ■ ■ ■


真っ先に視界に飛び込んできたのは天蓋から揺れる闇色のレース。
嫌な汗をかいていた。恐らく身の内に篭る熱のせいだろう。
横倒しにした身体、内股を擦り合わせると中心がじりじりと疼いていた。
シーツに爪を立てて奥歯を噛み締める。
「……また貴様か」
レースが男のシルエットを透かしていた。
「そのまま眠っていれば良かったのに。幸せな夢だったでしょう?」
聞こえる声は女のもの。くすくすと耳障りな高い笑い声を響かせる。
「……ッ…ふざけるな。早く失せろ」
身体の高ぶりは間違いなくあの淫夢が齎したもの。
敬愛する彼にいやらしい奉仕をさせて、唇を奪おうとする酷く卑しい夢。
あの仮象者は的確に俺の淫らな欲望を見抜いていて、それを夢に体現させる。
俺はどうにか途中で気付いて抵抗を試みるも、目覚めてみると身体は毎回節操なく興奮していた。
情けなくて悔しくて、彼に申し訳なくて、目の奥がじわりと熱くなる。
「聖闘士さんが目覚めてしまうのが悪いのよ。夢に身を任せていれば幸せなままなのに」
闇色のレースが左右に開かれ、室内のランプの光が強く差し込んだ。
仮象者パンタソスの身体はいつの間にか女性のそれに変わっていた。
桜色の長衣はまろやかな身体のラインを優美に象る。真珠の粉でも乗せたかのような愛らしい唇が緩やかにカーブを描いていた。
「私はイケロスと違って優しいの。夢に戻りたくなったら言いなさい、叶えてあげるから」
「……ッ…」
シーツに頬と額を擦り付け首を横に振る。
清らかな彼を、俺の汚らわしい欲望に晒すくらいなら屈辱に耐えた方が余程マシだった。
「相変わらず強情ね。可哀相な人間」
心底哀れむような声音が耳に届いたが、それは小説や演劇の中の悲劇を哀れんでいるような、どこか白けたものだった。
寝台に膝から乗り上げた仮象者は、横倒しで丸まる俺の脇腹をそっと撫でる。
「……触る、な…っ…」
俺の右腕は、身体は、既に闘う能力を失っている。敵を討つ事はおろか自分の身すら守れない。
精一杯の抵抗は感覚の鈍い四肢を引きずって虫のようにシーツを這い、仮象者の手から距離を取る事だけ。
「嫌よ、逃げちゃ」
けれど、それも呆気なく肩を押さえ込まれ、仰向けに転がされる。例え人の女でも、今の俺を捕えるのは容易いのだろう。神である仮象者にはきっと石を蹴るよりも造作のない事。
腹に跨がって俺を見下ろした女は煽情的な舌舐めずりをして見せた。
「たくさん可愛がってあげるわね。綺麗な聖闘士さん」


■ ■ ■ ■ ■


押し退けたくて掴んだ仮象者の肩は華奢で、肌は指先に吸い付くように滑らかだった。
「良い子にしてなさい、痛くしないから」
柔らかな乳房が胸に押し付けられて思わず息を詰めた。そのまま緩く身体を揺すられて胸が擦れ合う。
此処で俺が着せられている衣服は装飾的に布を纏っているだけの心許ないもので、簡単に乱れてしまう。
直ぐ露わになった乳首を、仮象者の繊細な指先が不意打ちに摘み上げた。
「……ッ…」
高ぶっているせいか、たったそれだけの刺激が、胸から腰に快感の電流を走らせる。女の股に圧迫されている勃起がひくりと跳ねてしまった。
仮象者が喉奥を震わせて笑ったが、俺は頓着出来ない。尖った両の乳首を指先に転がされ上下に揺さぶられては荒れる息を押さえ込むのがやっとだ。
肩を掴んでいた指はずるずると滑って髪を掴み、とうとう外れてしまった。
「聖闘士さん、本当にいやらしい。色欲に溺れるには最高の身体ね」
無邪気に笑う仮象者は嬌かしく腰を揺らし、柔らかな股の肉で俺の性器を擦ってくる。
「……っ…く、やめ、ろ…ッ…」
薄い布越しからはっきりと女の形が性器に伝わる。
浅い肉の割れ目に潜む小さな肉芽と熱い窪み。
仮象者が腰を浮かすと硬く膨らんだ亀頭が跳ね上がって自らあさましく女性器を強請りにいってしまう。
「悲しいわね、自分の身体に裏切られるだなんて」
鈴を転がすような少女じみた笑い声が室内に反響した。
仮象者の女体は男の興奮を煽るような造形だ。豊かで形の良い乳房も、肉付きの良い大腿や尻も、吸い付くような白肌も、男を誘惑して止まない。
性戯も恐らくは酷く巧みなのだろう。女との性交経験が極端に少ない俺を翻弄するには十分過ぎた。
下着さえ与えられず、ただ薄布のみで隠されている俺の性器は完全に勃起して、亀頭をひくひくと揺らしている。滲み出した先走りは薄布に染みを作り始めていた。
「イケロスもどうせ来るのでしょう?あの人は容赦も憐憫もないでしょうし、私が慣らしておいてあげるわ。壊れてしまったら修理が面倒臭いものね」
布越しに亀頭と膣口を接吻させ、緩く腰を回しながら告げられる。奥歯を強く噛み締めてその甘い刺激に堪えながら、俺は必死に首を振った。
凌辱で性感を得たくはないが、性器ならばまだ言い訳が出来る。尻を犯されて快感を覚えてしまうのは堪え難い屈辱だった。
仮象者はそれさえも見抜いていて、こうして女の姿で俺を玩具にしていても、毎回後孔迄も弄んでくる。その愛撫は幻夢や夢神のそれより余程執拗だった。
「嫌、だ……嫌…っ…」
肛虐を思い出して身体が強張るが、仮象者は気にも止めずに身体を反転させ、遠慮も恥じらいもなく俺の顔を跨いだ。雌の甘酸っぱい香が鼻孔を刺激する。
「私のおまんこ、犬みたいにぺろぺろ出来たらお尻は許してあげる。早くぺろぺろしないと聖闘士さんのお尻の穴、いつもみたいにとろとろになっちゃうわよ」



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