死にきれない」の続き


 自ら命を絶とうとしたわたしは反逆罪とまではいかないにしろ、当然ながら罪に問われることとなった。そして、命じられた罰は一週間の地下牢での監禁。それは(建前として)王へ命を捧げた兵士が誓約を破った処罰としてはあまりにも軽いものだった。もしかしたら兵士長がなにかしら手を回し、罰を軽くしたのかもしれない。真っ暗な地下牢で死んでいった家族たちへ思い馳せながら、わたしは時間が過ぎていくのを待った。

「そこを出る前に、てめえが一週間いたそこを綺麗にしろ」

 そして処罰を終え、地下牢から出たわたしを迎えたのは兵士長のそんな言葉だった。なぜ一介の兵士であるわたしのために、兵士長がおられるのか。それに地下牢を綺麗にしろというのはどういうこ意味なのか。さまざまな疑問が浮かんだが、命令は命令だ。例え、地下牢を綺麗にする必要性を見出せないとはいえ、位の低い兵士は上のものからの命令に従うほかないのである。黙って頷き、わたしは近くに設置されている用具入れからモップを取り、地下牢の掃除を始めた。三時間ほどすれば地下牢はわたしが来たときよりか数段に綺麗になっていた。

「そうか。次は食堂の下水を掃除しろ」

 それを報告するや否、兵士長はまた新たな命令をわたしに下す。なぜこんなことをわたしにさせるのだろうか、と不満に思ったが口は出さず、わたしは黙々と命令をこなす。下水の汚れはなかなか落ちず、四時間ほどかかった。その頃には空は茜色に染まっていて、食堂に集まる人が増えていた。

食事をとる兵士たちを横目にわたしは食堂から出ると、再び兵士長の元へと行き、終わった旨を伝える。と、間髪入れずに返って来るのは次の掃除場所の指示である。兵士長の真意がわからず、戸惑いを隠せなかったが、わたしは淡々とこなした。しかし、これが四日も連続に続くとなるとさすがに我慢の限界を迎えていた。

「兵士長。なぜわたしに掃除ばかりやらせるのですか。これは嫌がらせですか」

 部屋へと訪れ、わたしがそう素直に疑問を投じると、兵士長は書類を読むのをやめて顔をこちらに向けた。

「おまえの命はあそこで一度尽きた。違うか」
「……いいえ。違いありません」

 わたしはあのとき、本気で死のうと思った。もし兵士長があの場に現れていなければ、わたしはここに立っていない。きっと暗い土の下に埋まっていたに違いない。

「俺は落ちていた命を拾ったまでに過ぎない。言いたいことはわかるか」
 兵士長の鋭い眼光がわたしを貫く。
「……わたしの命は、兵士長のものだと、おっしゃりたいのですか」
「ああ。そうだ。おまえのクソみてえな命は俺のものだ。だからてめえは死ぬだとか家族だとかくだらねえことを考えてないで、黙って俺に従えばいい」

 なんだそれは。確かに兵士長のおかげでわたしはこうして生きながらえているのだけれども、わたしは生きたくて生きているのではない。わたしが生きていかざる負えない状況にしたのは、兵士長。あなたではないでしょうか。なのに、黙って付き従えばいいだなんて。

「家族のための擦り切らしたこの身体を、今度は兵士長に注げといいたいのですか」
「そう言っている。安心しろ、家族だとかそんなことを考える暇など、てめえに与えねえ」

 兵士長の表情は真剣で、おそらくその言葉も本当なのだろう。
 わたしは今まで家族のために生きてきた。家族を守るために、この身体を尽くしていた。わたしの優先順位は常に彼らに向けられたいた。にも関わらず、兵士長の命令をこなしたこの四日間。わたしは死んでいった家族のことや死への思案を一度もしていなかった。ただひたすら命令をこなすことで頭がいっぱいで、兵士長の言う通り、そんなことを考える余裕すらなかった。そして、きっとこれからもずっと兵士長によってわたしは振り回され、こき使われるのだろう。ああ、なんてこった。これじゃあ、わたしはいつまで経っても死ねないじゃないか。





死ねない(20131016)
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