リヴァイが怪我を負った、という情報はすぐに兵団中へと駆け巡った。情報の伝達の速度はおそろしく速く、それは壁内警備を担当していたわたしの耳に届くのも時間の問題であった。
 
 装備していた立体機動装置を捨てるように解除するとわたしはすぐさまリヴァイの元へと向かった。リヴァイが待機している部屋へと赴き、扉を開くと椅子に座り書類を眺めているリヴァイがいた。わたしの姿を視認し、眉間に皺を寄せては口を開こうとした彼よりも早く、わたしは歩み寄り肩口をつかむ。

「ねえリヴァイ。……あなた本当に」

 そこまで言うとリヴァイもわたしが何を言わんとしているのか察し、忌々しそうに舌を鳴らす。と、同時にわたしの手を振り払う。その一連の行動で流れていた情報が正しいと知るには十分だった。

 リヴァイが、怪我を負った。普通の人間であれば怪我を負うことは当たり前の出来事であって、ましては生死すら関わる調査兵団に身を置く人間ならば、なおのこと。なのに、なぜだろう。みんなはずっとリヴァイは怪我を負うものではないという認識をもっていた。だからリヴァイが怪我を負った事実はすぐに囁かれ、みな驚愕した。例え、人類最強と謳われる力を持とうとも、彼とて一人の人間に過ぎないというのに。

「怪我……どれぐらいで治るの?」
「こんなもん放って置けば治る」
「そんな、わけ……ないじゃん」

 そこまでが限界だった。言葉を紡ぎ終えないうちに身体の内から感情があふれ、わたしの目に水がたまっていく。そして破裂した。ぽろぽろぽろ。落下していくしずくたち。リヴァイの顔すら滲んでよくわからなくなる。両手で顔を覆い、咽び泣く。

「ピーピー喚くな。すぐに治ると言っているだろう」

 泣きやむ気配を見せないわたしをリヴァイが嗜める。が、その声からはいつもの鋭さは感じられず、とても柔らかく優しいものだった。リヴァイはきっと怪我を負ったことに対して泣いているのだと思っているのだろう。だけど、違う。違うのだ。わたしのこの涙は悲しみではなくその正反対の、喜びなのだ。わたしはリヴァイが怪我を負ったとはじめて聞いたとき、ああこれでもう傷つかなくて済む、という思いを抱いてしまった。

 リヴァイはその背中にたくさんの思いを背負いすぎた。人類への未来や、亡くなった兵士たちの思いや、強さ由来の信頼。戦う度に心を削っていくリヴァイの姿をわたしはもう見たくない。リヴァイが人間である以上、このままいろんなものを背負い続けたらいつかは潰れてしまう。わたしはそれが怖くて怖くて仕方がないのだ。

 だからリヴァイが怪我を負って戦線を離脱すると聞いて、喜んだ。それが本当のことであると知って、安心した。それが一時のものだとしても。

こんなことを思っているなんて知られたらわたしはきっと反逆罪に問われるだろう。最強の駒を一時でもなくすことがどれほど痛手になるか、わたしだってわかる。それに、リヴァイだってそんなことを望んでいない。そうわかっていても、怪我を負ってよかった、と思ってしまったわたしにはこの涙を止めることはできない。例え、全世界を敵に回したとしても。





真っ黒いわたしの幸福(201309025)
素敵企画『私の英雄』さまに捧ぐ