元々孤児で身寄りのなかったわたしにとって調査兵団のみんなが家族のような存在だった。先輩たちは優しい兄か姉で、後輩たちは可愛い弟か妹。みんなといる時間はとても幸せなもので、わたしは今まで生きてきた中で一番の幸福を感じていた。だけど、みんな死んでいった。人類のためにと抽象的なことは言っては、またひとり。瞬きするあいだにひとり、ふたり、さんにん。ぱくぱくと巨人に食べられたり、ハエのようにつぶされたり。死因はさまざまだった。わたしはいつも間に合わない。気付けば、みんなは骸となっていてもう口は利けなくなっていて、なす術をなくして立ち尽くすだけ。

 わたしはひとりでも守りたくて調査兵団に入った。人類の希望のためとか平和とかどうでもよかった。だって、そんなの個体でどうにかなるものでもないし、あまりにも不明慮すぎた。そんなものに命を懸ける理由がわたしにはわからなかった。だから、わたしはみんなのために戦うことを決めた。なのに、どうだ。水を掬うかの如く、みんなはスルスルとわたしの掌から零れ落ちては帰ってこない。わたしの世界から消えていく。わたしだけを置いて。気付いたら、わたしはまたひとりになってしまうのだろうか。そんな不安がわたしを押しつぶす。

 そんなの、耐えられない。だから死のうと思った。このまま取り残されるだけなら、いっそのこと自分で終わらせた方がマシ。みんなが寝静まる時間を見計らい、適当な木を見繕っては縄をかけ、作った輪に首を入れる。あとは足場を払いのけるだけだった。

「……なにやってんだ」

 命の綱は振りかかって来た声とともに切られる。縄に全体重をかける気でいたわたしの体は勢い良く地面へと落下する。擦った頬を摩りながら顔をあげると、兵士長がこちらを見下ろしていた。

「なにをやってるとは、兵士長殿ともあろう方がこの状況見てわからないんですか」
「もう一度訊く、なにをやってる」
 突き刺さる兵士長の鋭い視線。兵士長はわかっている。わたしがいまなにをしようとしていたのか。それを見越した上で、わたしの口からその言葉を吐き出させようとしている。わたしは小さく舌打ちしてから、観念したかのように肩を大袈裟に竦ませる。

「ええ。わたしは死のうとしましたよ。兵士長が切られた縄を使って、ね」
「なぜ、そんなくだらねえことしようと思った? 俺にはまるで理解できないが」
「くだらない? 理解できない? ……そりゃあ兵士長にはわからないでしょうねえ」

 挑発するわたしの物言いに兵士長は眉を吊り上げる。兵士長にはきっとわかるはずもない。人類のためとあらば、兵士たちを駒のように捨てるあなたなんかに。

「兵士長、わたしはあなたほど強くありません。人類のために心身を擦り切らせるなんてまっぴらごめんだ。わたしはわたしの家族のために生きたかった。だけど、もう限界だ。これ以上、家族たちが死ぬのなんて見てられない」

 兵士長のように今まで散った仲間たちの思いを背負って生きていくことなんてわたしにはできない。わたしは弱い。常に、死と隣り合わせる調査兵団で居場所を見出してしまうくらいに弱くて脆い。そんなわたしが兵士長のように生きていくなんて無理だ。そのうち思いの重さに負けて足元がふらつくのが目に見えている。

「だから、死なせてくださいよ……」
「そうか」

 弱々しく搾り出した声に兵士長は短く返すと、刃を抜き、わたしの首筋へと充てた。ひんやり、冷たい感触。驚きで目を瞬かせるわたしに兵士長は死にたいんだろう? と問う。兵士長の目は、真剣だ。巨人を殺るときとおなじ、め。ほんきでわたしを殺そうとしている。固唾を飲み込み、わたしは頷こうとした。そんなわたしを見て、兵長は最低な言葉を吐き出す。

「まあ向こうに逝ったところで思いを踏みにじったおまえを奴らがどう思うか知らねえけどな」
 目を見開かせ、金魚のように口をパクパクとさせるわたしを見て、兵士長は口元をゆがめる。

「なんだその顔は。当たり前じゃねえか。奴らは生きたくても生きれなかった。そんな奴らが、自分から死にいったおまえを快く迎えるか? てめえのいう大事な家族ならなおさらな」

 ずるい。そんな言い方、ずるい。わたしは家族が大好きだった。それは死んでも変わらなかった。だからみんなが遣り残したことはすべてわたしが代わりに叶えたし、心安らかに眠れるようにお墓だって作った。できることならみんなの意思に沿いたい、というわたしの信念だった。なのに、それをいま、兵士長に利用されている。

「兵士長……ずるいです、」
「ずるくないだろ。それがおまえの大切な家族の願いだ」

 ずるいずるいずるいずるい。みんながわたしに生きてて欲しいと願っていることなんて馬鹿なわたしでもわかる。でもそれじゃあわたしは死ねないじゃないか。みんなの分まで生きるしかないじゃないか。堪え切れず泣き出したわたしの首から刃が離れていく。涙で歪む視界の中、顔をあげると、兵士長はわたしを見下ろし、観念して生きろ、と言う。兵士長はわたしの弱さを利用した。思いを背負えなければ、生きることで、みんなの思いに添えろと。ああ最悪だ。兵士長に見つかる前にさっさと死ねばよかった。気付いてしまったわたしは、もう死ぬことができない。





死にきれない(201309017)
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