パチパチ、と火が弾ける音が静かな夜に響き渡る。焼き尽くされた死体の所在はすでにわからなくなってしまっていた。一緒に杯を交わした兵士のかもしれないし、見知らぬ兵士のものかもしれない。ごちゃごちゃにモノを投げ捨てるかのように、散在にされていく。もう何度も見た光景だった。今こそここにいることができたが、次には向こうにいるかもしれない。わたしはこうしてあと何回見ることができるのだろう。

そんな考えを巡らせながら、火を眺めていると、近くで草木を踏みしめる音が鳴った。首だけ動かし見ると、そこには見慣れた姿が佇んでいた。

「兵長」
「冷えるぞ。早く戻れ」

 かつては軽口を叩き合った同僚がいた。元々高い実力を兼ねていた彼は同僚の中でも出世頭で、ついに今では兵士長の地位まで上り詰めてしまった。そんな彼を気軽にリヴァイと呼べなくなってしまってからどれほど経つだろう。その間にたくさんの仲間が死んでいき、今回のトロスト区奪還の作戦によって共に訓練兵として励んだ仲間の何人かはあの火の中にいる。そんな彼らに思いを馳せながら、目を瞑る。

「ようやく、一歩ですね」
「……ああ」

 エレン・イェーガー。密かに開発した生物兵器といわれる彼によって、わたしたち人類は初めて巨人の進行に対抗した。大きな一歩を踏み出したのだ。そう、ようやく一歩を。たくさんの命を潰してできた一歩。きっと、今日という日をわたしたち人類は忘れることができないだろう。それほどまで、この一歩はわたしたち人類の悲願の結果だった。

「……次の一歩にわたしはいるのでしょうかね」
「くだらねえ冗談言うな」
「冗談じゃないですよ、本音です」

 そう、冗談でもなんでもない。これは紛れもないわたしの本音だ。わたしはリヴァイのように強くない。今まで生き残ってきたのだってただ運がよかっただけ。確実にわたしはリヴァイよりも先に逝く。それは変えられない未来だ。だから、リヴァイを見る景色をわたしは共に見ることができない。きっと何の脈略もなく、奇跡もなく、無残に、残酷に、死んでいく。それが一兵士であるわたしの役目であり、関の山であり、末路なのだ。

「でも、死はあまり怖くはないよ。リヴァイがいるから」
「…………」
「リヴァイは強い。それだけでわたしたちは救われる」

 きっとリヴァイは巨人を絶滅してくれる。そう信じさせてくれるほどの彼の強さがわたしたちに勇気をくれる。安心をくれる。だから、心臓を捧げることができる、礎となることができる。

「なに勝手に安心して死のうとしてんだ。ふざけるな」

 瞼を開け、リヴァイを見るが彼の視線は火に注がれており、彼の心情を推し量れない。それでも彼の横顔を眺めては懐古の念を思い起こす。こうやってリヴァイに叱咤されるなんていつぶりだろうか。訓練兵時代、よく弱音を吐くわたしにリヴァイは叱咤した。これがおまえの選んだ道なんだろ、と。

「……兵長って呼ばないのか」
 遠い記憶に思いを馳せていると、不意にリヴァイが問う。一瞬、意図がわからず目を瞬かせたが、すぐに言わんとすることに気付く。そう言われてみれば、いつの間にかわたしは彼に対し兵長と呼ぶことも敬語で話すことも忘れていた。

「……え、と。兵長って呼んだ方がいい?」
「虫酸が走るからやめろ」
「はは、いまさら」

 控え気味にそう訊ねれば、間髪も入れずに返ってくる不機嫌そうな声色。リヴァイは敬語で兵長と呼ぶわたしをずっと気持ち悪いと思っていたのだろうか。その度、眉間の皺を更に寄せては、機嫌を悪くさせたのか。想像すると、なんだか可笑しかった。堪えきれずクスクスと笑い出すわたしをリヴァイは睨む。

「ほんと、こんなやりとりするの久しぶりだー」
 目の端に浮かぶ雫を指の腹で掬いながら、言う。
「……なんか、うん。昔に戻ったみたいだ」
 まだみんながいて、談笑し合った訓練兵時代。
「……」
「でも、みんな死んじゃった」
 もうわたしと兵長しかいないというのに、不思議とそんな気がした。
「ああ」
「悔しいけど、わたしも長くないんだろうね」
 そしてきっと、遠くない未来にリヴァイだけになる。

「……おまえは死ぬな」

 ふわっとリヴァイの手がわたしの頭上に乗る。優しくて温かい手。心地良さに目を細めながら、わたしは頷く。そりゃあわたしだって生きたい。神様が許す限り、リヴァイと共に一分でも一秒でも長く生きたい。でも、その願いがどこまで叶うかわたしにもわからなければ、リヴァイにもわからない。神のみぞ知る未来。しかしあなたが生きろと言うのなら、わたしはできるだけ足掻こう。それが最期まで遺るあなたの願いならば。




淡い願いの欠片(201309016)
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