リヴァイ班が壊滅した。
第57回壁外調査から帰還した直後、そんな話がわたしの耳へと届いた。信じがたい話にわたしは戸惑うよりも先、体を動かしていた。進む先はそう、リヴァイ班が根城としていた古城。
息を切らしながら、大部屋の扉を大きな音を立てて開くと、そこにはいつもと変わらぬ様子で紅茶を嗜む兵長の姿があった。こちらを一瞥すると、兵長はなんだおまえか、と言って視線を戻す。
「……兵長、ペトラが……リヴァイ班が壊滅したって」
兵長を見つめ、すがるような声で、わたしは問う。声が上擦っているのがわかる。なんて惨めな声なのだろう。
「ああ」
兵長に否定してほしい。そんなわたしの期待と裏腹に、肯定の声が兵長から吐き出される。鈍器で殴られたかような、強い衝撃がわたしの中を走っていく。
「本当、なんですね」
いくら周囲を見渡しても、そこには兵長とわたしの他、誰もいない。ペトラは死んだ。オルオは死んだ。グンタは死んだ。エルドは死んだ。リヴァイ班は壊滅した。目の逸らしようのない事実に押し潰されそうになるが、これが真実で、これが現実だ。これが、わたしたちが生きる世界の条理。
ツン、と鼻先が痛くなる。死にはいつまで経っても慣れはしない。目頭に熱が帯びていくが、ぐっと堪える。わたしが泣いてしまってはだめだ。直属の部下を一気に亡くした、兵長のほうが、もっと辛い。
息をひとつ大きく吐くと、わたしはスタスタ、と歩いていき、兵長の隣の椅子へと座った。兵長はこちらを見たが、何も言わなかった。
わざと明るめの声で、大きな声でわたしは話す。
「元々広いのに、もっと広くなってしまいますね。つい昨日まであんなにも賑やかでうるさかったのに、今じゃこの有様。命とは本当に呆気ないものですね。あはは」
空回る声は、部屋中に響き渡り、静かに消えていく。わたしはそれでも続けた。
「そうえば、兵長はご存知じゃないかもしれませんが、実はわたし、ペトラと昔馴染みでして、この通り愚図なわたしは何をやってもペトラに負けていました。まあ最初の頃はペトラに勝ってやるぞーなんて思ってましたが、いつの日かその感情は悔しさから憧れに変わりました。それは訓練兵になっても、調査兵団に入団しても変わることがありません。ペトラはずっとわたしの憧れでした。そんな、ペトラが尊敬してやまなかったのは、あなたです、兵長」
瞼を閉じれば、すぐにでも浮かび上がる情景。弾んだペトラの声が今でも聞こえてきそうだ。あんなに喜んだペトラを見たのは、ほんとうに久しぶりだった。
「ペトラは、兵長にお仕えできることを、心のそこから喜んでいました。それはもう、ものすごい勢いで、思わずわたしもつられて笑ってしまうほど、です」
誰よりも強く、美しく、気高いペトラ。彼女の背中を見るたびにわたしはいつまでこの背中を見続けられるのだろうとよく不安に駆られた。それは、わたしが先に死んでしまうと思っていたから。わたしはそう信じて疑わなかった。なのに、ペトラは死んで、わたしは生きてしまっている。
なぜ、わたしは生きているのだろう。
ペトラへの想いがあふれ返って来る。楽しかった思い出。苦しかった思い出。わたしの思い出の中に、いつもペトラがいて、わたしの人生にペトラは欠かすことができない。なのに、そのペトラはもういない。
「…っ、ぐっ」
兵長の前では泣かないと思っていたのに、涙が意思に反してこぼれていく。どれほど手の平で受け止めても、隙間から落ちていく雫。それはまるでわたしたちの命のように。
嗚咽に言葉を押し留められながらも、わたしは続けようと口を開くが、声がうまいように出せない。違う、こんなことを言いたいんじゃない。言わなきゃ、言わなきゃ。そう自身に叱咤をしていると、頭に重みが増す。兵長の手だ。
「ゆっくりでいい」
そう言って、兵長は子供あやすかのように軽く叩く。兵長の、不器用なやさしさ。きっと強さだけではなく、こういうところもペトラは慕っていたのだろう。一度、深く深呼吸をする。
「わたしは、……わたしは、……言いたかったのです。ペトラは幸せであった、と。敬愛し、一生を捧げるつもりでいた兵長の傍でいれて、部下として戦えて。だれよりもペトラの隣にいたわたしがそう断言します、ですから兵長。
気にしないでください」
嗚咽まみれの言葉に対し、兵長はなにも言わなかった。ただ一言だけ、おまえにだけは言われたくないがなと言ったきり。これでいい。ペトラたちの死に対して罪の意識に囚われる必要もなければ、謝罪も礼も要らないのだ。
わたしはそうですね、といって涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑った。
泣き笑い(20130910)