大学の帰りにふと懐かしい顔を見つける。匪口だ。進行方向先で、だぼだぼのスーツ姿でふらふら、と覚束無い足取りで匪口は歩いていた。そうえば、高校卒業ぶりだっけ。軽い足取りで、匪口に近付き、久しぶりじゃん、と声をかけたが、返事は返ってこない。それどころか、彼はわたしの横を通り過ぎて行ってしまった。あ、れ? 拍子抜けだった。まさか、シカトされるとは夢にも思わなかった。

わたしは慌てて、過ぎ去った男を追いかけ、再び肩を並べて確認するが、やはりスーツに着せられているそいつはわたしの知る匪口結也そのもので、人間違いは到底ありえない。それに、わたしと匪口は高校三年間同じクラスのいわゆる、腐れ縁の仲にあって、道端で会えば気軽に挨拶できる間柄はずである。

「ぜってえ……後悔させてやる……見てろよ」

 シカトをされた理由を追求するために至近距離で話しかけようと顔を覗き込んで、わたしはようやく把握する。なるほど、どうやら今の匪口は自分の世界にこもっているらしい。そのせいで、視界にわたしも映っていないのだろう。

 おかしいと思ったんだよね。あの匪口がスーツ姿でいるなんて。きっと勤め先でなにかあったに違いない。わたしは、その面白そうな話を本人から訊くべく、ふらふらと歩く匪口のあとをついていった。電車をいくつか乗り継ぎ、それから三十分ほどかかったぐらいで、匪口は自宅らしき場所に辿り着く。鍵を開けっ放しのまま、部屋へ入って行ってしまったのでわたしはお邪魔します、と一言入れてから、踏み込む。

 全く警察のくせに無用心だなあ、と思いながら、進んでいくと部屋の中でぼわり、と光るパソコンの前に匪口はいた。カタカタ、と指がキーボードを弾く音が響き渡る。相も変わらず、凡人が驚くスピードで。一体何をやっているのだろうか。横からパソコンを覗いて見たが、埋まっていたのはわたしの知らない言語や記号たちで理解できない。しかし、ニヤニヤ、と楽しそうに口元を綻ばせている匪口を見る限り、きっとわたしたち一般人にとっては悪いことで、匪口にとっては良いことをやっているに違いない。

 彼の作業が終わるまで暇なので、わたしは匪口の部屋の中を勝手に動き回らせてもらった。まずはカーテンと窓を開け、空気の換気をする。部屋に適当に放り投げられている缶やペットボトルをかき集め、ゴミ袋に入れる。あと、高校から変わらないガリガリくんのために、肉を中心とした料理を作る。それらすべて終わる頃には、匪口のキーボード音は聞こえなくなっていた。

「あれ、なんかいいにおいがする?」
「なんかじゃないわ、あほたれ」
「は!? なんでおまえ、ここにいんの?」

 出来立ての料理を運びながら戻れば、わたしの姿に匪口は目を丸くさせる。いや、あそこまで世界をフェードアウトさせれるきみはやっぱ天才だよ。憑き物がとれたかのような顔をしている匪口に苦笑を溢しながらも、わたしは簡素に説明する。久しぶり、シカト、腹立った。我ながら、なんと簡単なのだろうか。

「よくわかんねえけど、とりあえず久しぶり。んでもって、勝手に男の部屋入ってくんなよ。って、見りゃなんか掃除されてるし!」
「はははは。シカトした報いだよ。これでおあいこだよ」
「なにがおあいこだよ。立派な無断侵入だぜ」
「うっさい。ほら、食え食え」

 これ以上、ぶつくさと文句を垂れられるのはごめんだったので、わたしはからあげを口に放り込ませることで、口を塞ぐ。その後は淡々とわたしらは食事を取り続けた。しばらくの間沈黙が続いたが、別段気にもならない。寧ろ、心地よくすら感じる。高校時代が思い出される。こんな風に過ごしたなあ、と無駄な郷愁の念に駆られていると、匪口がぽつりぽつりと話し始める。

「ふーん。やな上司ねえ」
 話を聴く限り、どうやら新しく部署に配属された上司は匪口の地雷を踏んでしまったようだ。そりゃあ、匪口が怒るわけだ。人が触れられたくない部分を、土足で踏みにじれば、誰だってああなる。

「ま、元気出しなよ匪口ぃ」
「や、元気だっつうの。てか、明日あいつの顔見んのすんげー楽しみだわ」

 そう言う匪口の表情は実に生き生きとしていて、本当に楽しそうだった。うわあ。いい笑顔だこと。

「でもさ、そう言いたいやつには言わせとけばいいと思うよ」
「はあ? むかつくじゃん」
「そうかもしれないけど、だって匪口を理解しようとしないやつをあいてにするのは不毛じゃない」

 空になった皿を一箇所へと集めながら、そう言えば、匪口は押し黙る。こういう変に子供っぽいところは、高校時代から何も変わってない。わたしは、そんな匪口が好きだった。頭が良いくせに、真面目じゃなくて、いつも何考えているのかわからないぐらいに飄々としているのに、寂しがり屋で、かまってちゃん気質もあって。手に負えない部分もあるけれど、なんだか手を差し伸ばしたくなる。

「それにさ。たとえ、周囲からなんと言われようがさ、わたしは匪口の味方だし、匪口を理解してるから、いいじゃん」

 飾り気も建前もない、純粋な本心からの言葉だった。それが、匪口にも伝わったのか、匪口は少し驚いたように目を丸くさせたが、最後はそうだな、と言ってわたしに笑みかけてくれた。 




ひとりじゃない(20130928/Happybirthday)
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