においがした。笹塚先輩とすれ違ったときに、不安をあおるにおいがした。このにおいに、わたしは覚えがあった。死のにおいだ。わたしはすぐに振り返って、笹塚先輩の腕をつかんだ。ぎゅっとぎゅっと。

「なに?」

 笹塚先輩はわたしの突然の行動にも動じず、ただ理由を追求した。冷静な目に見つめられ、手を放しかけるが、わたしはにおいを思い出し、再び強く握り締める。笹塚先輩は、普段と変わりないように見える。相も変わらず、低いテンションだし、スーツはくたびれているし。だから、油断しそうになる。勘違いじゃないのかって。

 でも、たしかにわたしは嗅いだのだ。笹塚先輩から死、のかおりを。
最初に、嗅いだのは、祖母だった。病気を長年患っていた祖母。いつ死んでもおかしくはないと言われていて、わたしがそのにおいを嗅いだ晩、祖母は逝った。次に、高校時代の教師。なんか嗅いだことがあるにおいだと思っていたら、その日に交通事故で死んでしまった。そして、今度は笹塚先輩から、そのにおいがした。

「笹塚先輩、どこにも行かないでください」

 そう言った瞬間、僅かに笹塚先輩の瞳が揺れたような気がした。でも、瞬きひとつしたら、いつもの笹塚先輩に戻っていた。笹塚先輩はわたしの頭を軽く撫でながら、「何を思ったのか知らねえけど、俺はどこにも行かない」と言って、わたしの腕を引き離す。

「先輩っ!」
「ほら、自分の持ち場に戻れ。今は忙しいときだろ? それに、石垣だけじゃ不安だし」

 遠ざかっていく笹塚先輩。わたしはもう何もいえなかった。うそ。どこにも行かないなんてうそ。きっと、笹塚先輩は、いなくなる。祖母のように、教師のように。そして、わたしはなにもできなかった。ただ、消え行くのを見守るしかできない。無力な自分が情けなくて、むせび泣いた。





におい(20130331)
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