彼を見つけた瞬間、とくん、と胸が高鳴った。届けるはずの資料は既にくしゃくしゃになるほど、強く握ってしまっている。ああ、今日も可愛らしい。そう心の中で感嘆をもらすわたしの視線は、情報犯罪課のひとりの少年に注がれる。異例で警察本庁に入ることになった匪口結也に。

黙々とパソコンに向かう横顔に、かけている丸い黒ふちメガネに、寝癖がついてて、ぴょんと跳ね散らかしている髪。それに、それに、と彼の素敵なところを挙げ始めると、キリがないほどに私はその少年に夢中だった。

 好きになったきっかけは、同僚から「情報犯罪課にやけに若い子が入ったらしいよ」と聞いて、興味本位で見に行ったとき。厳密に言えば、彼を一目見たとき、だ。そう、つまりは一目惚れ。19歳の、5歳も年下な男の子に。我ながら、情けないと思うが、気持ちが走り出してしまったのだから、どうしようもない。たとえ、それが見切り発車だとしても、だ。

私の片思いは、彼が本庁にやってきたから始まっているわけだが、まだ一度も彼とはまともに言葉を交わしたことはない。だから、告白なんてもってのほか。だけど、これでいいのだ。このまま遠くで見守る恋愛だって悪くない。……なんて強がって見せるが、正直に言えば、少しだけ匪口くんと喋ってみたいという気持ちを捨てきれないでいる。でも、こんなおばさんに付きまとわれるのも迷惑だろうし、話したところで匪口くんがこちらに振り向くなんてありえない。だから、このままでいいのだ。

「匪口ィィィィィ!!」
「げっ、笛吹さん」

 そんなことを考えながら、匪口くんを見ていると、匪口くんがこちらを向いた。一瞬、ドキっとしたが、すぐに私の後ろにいる笛吹さんを見ているのだと気付き、安堵の溜息。そうだよね、あーびっくりした。と、胸を撫で下ろしていると、ズガズガと歩いてきた笛吹さんと肩がぶつかってしまった。

「あっ」

 その衝撃で私の腕に抱えられていた資料がばさり、と落ちてしまい、床へと散らばる。二重の意味でやばいと思い、私は慌てて笛吹さんに平謝りをした後、いそいそと資料の回収を始める。ややあってから、笛吹さんも私に続いて、拾い始めた。ああ、もう。笛吹さんに手伝わせるなんて最悪。ボーっとしすぎだよ自分!! 心中で自分を罵倒していると、周囲が少し陰った。気配で誰かが前に立ったのだろう、と察すると同時に聞き覚えのある声が降る。

「あーあ。笛吹さんひっでー」
「なっ、元はといえば、おまえが逃げようと腰を浮かせたからだ!! 匪口、おまえも手伝え!!」
「へいへい。言われなくても手伝うよ。大丈夫? なんかごめんな」

 私は固まってしまった。口がカラカラに渇ききって、何も言葉にできない。だって、だって、だって、あの匪口くんが目の前にいて、私に話しかけているんだもん!! え、なにこれ夢? 夢なの? 突然、自分の頬をつねはじめた、私を見て、匪口くんは訝しげに眉をひそめる。そして、何を思ったのか匪口くんは「ほんと、大丈夫?」と言って、心配そうに顔を覗いてきた。

「だ、大丈夫デスっ!」
 上擦った声で、そう返事してみるものの、匪口くんの表情は柔らかくならない。

「嘘だろソレ。なんか顔も赤いし、熱でもあるんじゃない?」

 それはきみのせいです、と言えるわけもなく、私は目一杯、頭を横に振る。けれども、匪口くんは私の主張を信じていないのか、近くにいた笛吹さんに冷えピタや温度計持ってきて、などとお願いをしていた。思った以上に大事になり始めた現状に、私はわたわたと意味もなく慌てる。どうにかしなければ、と立ち上がろうとしたとき、ガチっと頭を手ではさまれ、固定される。目の前には、匪口くんの顔。え、え、え、? 混乱している頭に更なる混乱が生まれる。そんな私をよそに、匪口くんの顔は徐々に近付いていき、匪口くんの額が私の額とくっついた。

「んー。顔は赤いようだけど、熱はないみたい」
「あっ、ああ……」





きみの優しさがわたしを殺す

( 胸がドキドキと激しく鼓動し、壊れてしまいそう )



(20130321)
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