手先を器用に駆使し、魔法みたいに料理を次々と作っていく縢を、目を刺さるような鮮やかな色をしたソファーに座り込みながら眺める。品が増える度、香ばしい香りが部屋中に充満していく。刺激された嗅覚が、空腹へと転化していくのを感じながら、私はソファーにだらしなくもたれかかり、天を仰いだ。

「ねえ縢」
「ん?」
「私たちにさ、自分の意思なんてあるのかしらねえ?」
「は?」

 哲学じみた問いに、縢は怪訝そうに眉をひそめた。

 今は、昔のように自分の力で道を切り開くことはなくなった。以前は、就職活動というものがあったらしい。読んで字の如く、それは就職するための活動であり、自分で行きたい、勤めたい会社を選び、自分がどのように優秀かをアピールし、自身の雇用を促すための行為。今では、到底考えられない活動である。
何をするのも、何になるのも、シビュラシステムの意思のまま。私たちには、自由に全てから選ぶ権利はないのだ。結局のところ、シビュラに提示される数本の道を、選ぶしかなく、そんな、なりたいものになれない歪んだ世界こそが、私たちの世界なのである。

「おかしいよね。シビュラの意思が第一で、個体の意思は二の次なんてさ。私だけの人生なのにね」
「どしたの。やけに感情的じゃん。もう酔っ払っちゃったわけ?」
 自嘲気味に吐き出した私を見て、バーカウンターから全ての料理をこちらへ運び出した縢は、腰に巻いていた赤いエプロンを畳みながら、少し心配そうな声色を出す。首を横に振る。

「んなわけ。たださ、ちょっと思い出しただけ」
「なにを?」
「潜在犯になったときのことかな」

 幼い頃、私は両親の言うことを従順にこなす、模範的ないい子だった。何も考えず、何も判断せず、ただただ指示されたことを従うだけ。幼心ながらも、理解はしていたのだ。この世界の仕組みを、本質を。こうすれば、上手く生きていくことができると。
しかし、そんな私のスタンスは、高校を入学した際に、出会った衝撃的なものによって、いとも簡単に崩れ去ってしまった。私はそれを一目見たとき、惹かれた。人生で最初で最後の一目惚れといっても、過言ではない。それは、剣道というスポーツだった。しなやかで美しく強い、剣道に私はのめりこんだ。

 私は初めて生きがいを知った。だけど、現実は無情で、シビュラは私に剣道の適正はない、と判断を下した。それでも私は剣道を手放せなくて、適正が不正であることを周囲に伝えたくて、頑張った。努力した。誰よりも高みを目指した。でも、私が強くなればなるほどに、犯罪係数は高くなっていき、気付けばあれよあれよの潜在犯。

「私のたった一つの宝物だったのに、それを握り締めれば締めるほど、自分の首も絞まっていくなんてね」

 執行官になった今も、私は竹刀を持つことを許可されていない。シビュラがなんだ。幸せってなんだ。と色々考え、荒れた時期もあったが、もう当の昔の話だ。今はもう割り切れている。この世界は、そうやって構成されているんだって。

「確かに俺らは縛られてばっかだよな。あれやっちゃだめ、これをやりなさいって」
 互いに程よく酒が回った頃、縢がふいに口を開く。近くに置かれていた肉料理を箸で摘みながら、顔をあげる。

「でもさ、それでも俺はあると思うぜ」
「この世界に、自分の意思が?」
「だって、あるわけだから、俺らはこうして飯を食ってるわけでしょ?」

 もぐもぐと縢の作った料理を咀嚼しながら、頷く。縢の言うとおり、私たちは今、自分の意思で料理を食している。宇宙食のように、すぐにできる即席のものではなく、時間を掛け、手間のかかる手料理を。そして、食す、という選択を選んだのは、紛れもなく私だ。

 縢でもたまには理に適ったことを言うのか、と関心しながら、サラダの端に置かれていたミニトマトをどかすと、間髪入れずに縢が「ほら、それも意思だよ」と指摘してきた。確かに。これも、私の意志かもしれない。

「それにさ、」
「ん?」
「さすがに思いたくはねえーな」
「?」
 きょとんと、首を傾げる私を見て、縢は殊更に笑う。

「恋愛感情すらシビュラに誘導されてるなんて」

 むせた。盛大にむせた。げほげほなんて可愛らしい感じではなく、これはもう生命の危機では、と危惧してしまうほど、むせた。さすがの縢も驚いたようで、慌てて私の元へ駆け寄り、背中を擦る。

「ご、ごめっ。ありがと」
「ほんとにだいじょうぶ? 水持ってこよっか?」
「あ、いや。平気……っ!!」

 そう言いかけ、私は気付く。縢に介抱されているうちに、自分から抱きつくような体勢で、縢の胸元のシャツをぎゅっと握り締めていることを。私は慌てて離れよう、としたが、それよりも先に縢の腕が私の腰を捕らえる。

「ちょ、縢ぃ!!」
「へっへっへっ。逃がさねえよ」

 にぃ、と口角を上げ、嬉しそうに笑う縢を直視できず、私の視線はふわふわと泳ぐ。癪だが、どうやら縢の言うことはまた正しかったようだ。確かに、これまでもシビュラの出した答えだったら、正直やりきれない、とここから出せと言わんばかりに鳴り響く、鼓動を感じながら、私は思うのであった。



敷かれたレール

(20130319)
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