「なに、してんの?」

 振り向くと、上半身裸の臨也が壁にもたれながら、こちらを見ていた。目と目が合い、無音が流れる。いつまで経っても、口を開く気配がないと臨也は察したようで、気だるそうな足取りで、臨也は私へと歩み寄る。

「久しぶりに来たと思ったら、なにそれ。スパイのつもり? そんなもんを奪うために寝たわけ? だとしたら、及第点もあげられないね。スパイキッズにもなりゃしないよ」

 臨也の表情からは何も汲み取ることができない。私が彼のデスクから資料を持ち出したことに対する驚きも、怒りも、臨也にはない。強いと言えば、また面倒なことになってしまった、などそのようなことを思っているに違いないだろう。

しかし、だからといって、易々と臨也が私を逃がすわけがない。実際、臨也はぶつぶつと文句を言いつつも、私から逃げ場を徐々に奪っていく。じりじりと追い詰められ、気づけば、私の背中と壁はぴったりと密接していた。

「それ、ダラーズの情報だよねえ。どうせ、あの年下の彼から頼まれたんだろ。お願いします、なんて可愛い声で言われて」

 図星だ。臨也が言うこと全て、的を得ていて、ぐうの音もでない。最近付き合い始めた年下の彼。少しやんちゃが目立つ彼だが、とても優しく、私を大切に思ってくれる。そんな彼の願いだ。可能な限り、叶えてあげたいと思うのが、年上の性というもの。だから、私は彼のために、臨也の元へ行き、寝て、隙をついて、ダラーズというグループの情報が記載された資料を持ち出そうとした。

「彼さ、君のこといい財布だと思ってるよ。彼女もいるし」
 知っている。そんなのとっくの前から知っている。それでも、彼の力になりたいと思ったのは、私だ。まだ小さく、無力な彼を守ってあげたい、と思ったのは、私だ。

「本当に君は男の見る目がない」
「臨也には言われたくない」

 思わず、反撃すると、臨也は驚いたように目を丸くさせた。だけど、それは一瞬で、彼の目はすぐに、獲物を見つけたハンターのものへと戻る。そして愉快そうにくつくつと笑う。
なんだか、無性に腹立たしかった。だから、立場をすっかりと忘れ、私は低い声で「なに」と問いただす。

「いや、その通りだなあって思っただけさ」
「…………」
「そんな目で見るなよ。かつては、愛を囁き合った仲じゃないか」
「記憶が正しければ、私たちの間には愛なんて甘いものは存在しなかったはずだけど」
「その通りだ」
 臨也は柔らかな手つきで、私の髪をつかむと、口元へと運び、唇を落とす。

「なんのつもり?」
「相変わらず、学習しない女だなって思って」
「……喧嘩売ってるの?」
「売り始めたのはそっちだろ」
 私の手を引っ張り、引き寄せると、臨也は私の首筋に頭を埋める。そのまま耳へ、鎖骨へと、下りていく。臨也の温かい吐息が触れ、ぞわぞわっとする。だめだ。これじゃあだめだ。臨也のペースに流されてしまう。早く、これを彼に届けたいのに。私は一生懸命臨也を剥がそうと抵抗をするが、一向に離れない。

「……っ、やっ。やだあ」
「やだ? その割には、悦んでるように見えるけど」
「ちがっ、」
「もういいよ、なんでも。結局、お前は逃げることができないんだから」

 臨也の言う通り、私は逃げることはできなかった。快楽に溺れ、甘い声をもらすだけ。本気で逃げようと思えば、いつでも逃げれたはずなのに、それを見えない振りをして、ほだされ、流され、何も考えることができなくなる。

 腕から、ばさり、と資料が落ちていった。



脆弱

(20130314)
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