知らない知らない知らない知らない知らない知らない。
 私は知らない。
 
 そう、思いたいだけで、私は本当は気付いていた。スーパーの店長を始め、重役たちを次々と殺したのは、自分であるということを。
でも、気付いてないフリをして、見えてないフリをして、淡々と人を殺す自分が自分だと認めようとしなかった。信じなかった。人を平気で殺すようになったことも、契約者となったことも。何もかもを。

 すべて、夢だと思いたくて、赤い海に沈む日々が、日常だということを受け入れたくなくて。私は頭の奥へとそれを押し込み、鍵をかけた。
そうして、ごくごく普通で平凡な、どこにでもいるようなコンビニ店員を演じた。あたかも、これが私のあるべき姿であるかのように。

『いいか。高い金を使ってお前を買ったんだ。くれぐれも組織に見付かるようなヘマはすんなよ』

 フラッシュバックする声。この声は、店長のもの。否、私の主人のものだ。契約者である私を買い、使役する主人の、声。私は彼の手足であり、無表情にただ人を殺める機械。

今夜だって、そうだ。命令されたままに、男を殺すために、ここに来た。そして、男はあっけなく死んだ。私が軽く抱きついただけで、骨は軋み、肉は潰され、血は簡単に流れ、いつものように血溜まりはできた。

 なのに、私はまた目を逸らそうとした。いつものコンビニ店員のわたしに戻ろうとした。何も知りませんよ、と何食わぬ顔して平凡な人間を装うとする。色を変化させ、擬態するカメレオンみたいに。

しかし、李くんの言葉のせいで、思い出してしまった。私がしでかした行為を、私が契約者であるという現実を。

「李くんは……私を殺しに来たんでしょ?」
「…………」

 こうして組織のものである李くんが私の前に現れた、ということは、十中八九、私を処分するためだろう。そして、おそらく私の雇い主である主人は、既に殺されている可能性が高い。例え、契約者を飼うゲスな人間であっても、彼は結局のところ、ただの人間のままなのだ。

 李くんはきっと強い。私よりか何倍も。こういう世界に生きていると、そういう勘が強くなってくる。自分より劣るか、勝るかの判断が。だから、私がいくら足掻いたとしても、結果は変わらないだろう。それに「わたし」のままで「私」を思い出してしまった以上、今の私には能力は使えない。

「生きたい。死にたくない。……ねぇ李くん、助けて。お願い……」

 どうせ生き残っても、ロクな目に合わないだろう。死に方だって、普通なはずがない。だとしたら、今この場で李くんに殺された方が、契約者としては幾分かマシな死に方を迎えられるに違いないだろう。そう頭ではわかっていたはずなのに、口から吐き出された言葉は、命ごい。

結局のところ、私は弱いままだ。脆弱で、愚かな人間で、どうやっても、現実から目を逸らしてしまう。今回だってそう、死という現実から目を逸らしたいだけ。赤い血溜まりを作る現実を、受け止めたくないという気持ちを孕んでいながらも、願ってしまう。生きたい、と。

「組織へ来い」

 李くんはそう言って静かに手を差し伸ばした。合理的に考えると、敵の契約者を生かすなんて、到底あり得ない。李くんの意思が揺れたのか、元からそのような算段だったのか、はたまたそう見せかけて、後から殺すつもりなのか、私にはわからない。だけど、私には答えは、ひとつしかない。

 きっと私はこの先も、懲りずにあらゆる現実から目を逸らしては、また人を殺めていくだろう。なんとも滑稽で、醜く、愚鈍な生き方。でもそれが私の性であり、私の対価だから、私は受け入れるしかなく、それに縋り付くしかない。例え、どんなに辛い現実が私に突き刺さろうとしても。

 恐る恐る手を伸ばし、私は少し大きなその手を握り締めた。



現実逃避の末には

(20130315/END)
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