人というものは強いように見え、脆く。変わり易い、三つ子の魂百まで、と言うけれど、一生忘れられない出来事が起きれば、今まで積み重ねてきたものは糸も簡単にあっけなく崩れ去っていく。大切な人の死に耐え切れず、精神がおかしくなった、家族関係の縺れから、性格が根暗になってしまった、初めての愛を知ったことにより、狂気を覚えてしまった、などそこら中に転がっていそうな話たち。

 時の流れは本当に怖い。ほんの一瞬、ほんの一年、関わらないだけで、人は豹変する場合もある。人を変える要因として、きっかけも挙げられるが、この漠然として、人を支配する時の中では小さなものへと化してしまう。そう、時は全てを支配するのだ。過去、未来、現在、全てを。その限られた時の中で、人は悩み惑い苦しみ嘆き、もがいてもがいて、生き抜いていくしかないのだ。抗うことなく、不必要なまでに刺激を与え続ける、時の中で。



 黒が契約者と人間の共存のために起こしたトーキョーエクスプロージョンから、2年が経った。かつての同僚だった彼は、トーキョーエクスプロージョンを起こした直後からチームのドールであった銀と共に姿を眩ませてしまい、それから連絡は一つもない。

 たまに、どこで何をしているのだろう、と思い耽ることはあったが、探すことはなかった。彼の星がまだ流れていないことを知っているからだ。生きていれば、いづれどこかで逢える。そう信じていた節がもしかしたらあったのかもしれない。再会は望まず、偶発的な出逢いを私は流れる時の中でひっそりと期待せず、待っていた。そして、

「あ、」

私は見つけてしまったのだ。雪が降り積もる極寒の地、北海道の札幌にて、かつての同僚だった男を。黒の姿を。

 2年という年月は大きく、それは彼にも影響していたようだった。かつては爽やかな青年という言葉がぴったりな男だったのだが、今ではその面影は何一つ見受けられない。

短かった髪は、無造作に伸ばされ、清潔で引き締まっていた表情は、全てを悲観しつくしたように堕落し、挙句の果てには手入れを忘れたように、髭まで生えている。彼の身に一体、どんなことが起こったのだろうかと、考えてみたけれど、契約者であった頃ならまだしも、今の私にはわかるはずもない。

 それほどまでに、彼は豹変しきっていた。なのに、何故一目で黒だとわかったのかと言及されれば、唯一私が心を開いた相手だったからだろう。私は無意識のうちに、エージェントとして働く際に培った能力を生かしながら、気配を消し、彼の後姿を追っていた。幸い、まだ黒は私に気付いていない。

 橋の下にひっそりと隠れるように建っている古い小屋の中に彼の姿は消えていった。黒の今の住居、なのだろうか。小屋の前でぽつりと立ちながらそう考えていると、ふと、足元に赤いバンダナを身につけたリスが佇んでいるのに気づく。バンダナや種類からして誰かに飼われているものだろう。リスをよく見るように、私はしゃがみこむ。

「何? あんた黒の飼いリス? ご主人様は向こうにいるから早く帰りな」
「ほお。やはりお前か。すっかり美人になってて、気付くのに時間がかかったぞ」
「え、その声は猫!? え、え、リス!?」
「静かにしろ! 相変わらずリアクションが大きいやつだな。ほら、こっちに来てしゃがみこめ」

何故かリスの姿の猫に叱咤された私は猫に言われるがまま、近くに生えている草むらの影にしゃがみこむ。と、同時に、小屋の中から黒と中学生ぐらいの赤毛の少女が出てくきた。

どうやら、猫に驚いた私の声に警戒して、出てきたようだ。息を殺し、気配をなくす。すると、その効果があってか、黒と赤毛の少女は警戒を解いたようで、何やら二人で話し始める。

残念ながら、ここからでは何を話しているかはわからない。でも、黒と赤毛の少女の関係が普通のものではないことだけは、直感でわかった。




君の姿が遠く見えた

( 昔私が居た場所には知らない子が立っていた )



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