最初に襲ってきたのは、恐怖だった。初めて目の前で死体を見たことに対する恐怖と、自分が死体の傍にいる状況に対する恐怖。さまざまな恐怖がわたしの中に織り交じっていき、次第にそれは体の震えへと変化していく。

 なにこれ。なんで、こんなところに死体が? 恐怖の中、思い出されるのは、主婦たちの会話。大型スーパーの関係者たちが連続で殺されているという事実。もしかして、この人もその関係者なの。
わたしは恐怖で竦んでしまった足を一生懸命動かし、少しでも死体から離れようとする。そんなわたしを見て、李くんは不思議そうに眉をひそめては、「なぜ逃げようとする?」と訊く。

 わたしは李くんの質問に衝撃を受けた。この状況下に置いて、その質問をするのはあまりにも愚鈍過ぎるからだ。答えはこんなにも明白なのに。なぜ、李くんにはそれがわからないのだろうか?
わたしはふいに、ある可能性を思いつく。それは、李くんこそ、この人を殺害した、というもの。普段の李くんならば、そんなはずがないと言えたが、こうして新しい一面を見てしまった以上、否定しきれない。それに、状況が状況だ。李くんが……? そんな考えがわたしに巡ったとき、李くんがわたしを更なる混乱へと導く言葉を漏らす。

「こいつを殺したのはお前だ。なぜ逃げる必要がある?」
「え?」

 鈍器で殴られたかのような、衝撃が体中に走る。殺したのは、わたし? 一瞬にして真っ白になった頭の中、李くんは言葉を続ける。ここ最近起こっていたスーパーの関連者の殺人は全てお前の仕業だ、と。つまりは、わたしの手によって引き起こされたということを。

言葉の意味が理解できなかった。わたしが、犯人? わたしが、この男の人や、店長を殺したの? なにそれ。意味わかんない。

「ちょっと待って、 わたしじゃないわたしじゃない。 だって記憶がないもん!!」
「…………」
「それにっ、わたしこの人なんか知らない…! 見たこともないよ」
「…………」
「ほ、ほんとは李くんなんでしょ? じゃなきゃ、こんなところいないよ普通!! 李くん、殺人はいけないよ、どんな理由があっても。警察にいこ?」

 覚束無い足取りでわたしは李くんに歩み寄り、黒いコートの裾をぎゅっとつかみ、懇願する。きっと李くんは犯罪に手を染めてしまったことを恐ろしいと感じたんだ。それで、わたしを犯人にすることで、それから逃れようとしたんだ。そうに違いない。だから、さっきの言葉は混乱した李くんから発せられたただの戯言。

 李くんはわたしを見下ろすと、裾をつかむわたしの手を静かに振り払い、無機質な表情のまま、冷たい声のまま、言った。

「そうか、それがお前の対価か」

 その言葉がもれた瞬間、わたしの中の何かが弾けた。



疑心の中へと沈む

(20130313)
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