「李くん」

 わたしは聞こえていた声の主の名前を答えた。そう、夢の中で。あの赤い海で。そのはずなのに、なぜか声は響いていて、いつの間にか視界から赤い色は消えていて、目の前には、黒いコートを羽織った李くんがいて。一体何がなんだか、さっぱりわからなかった。

「あ、あれ。なんで李くんがいるの? というか、なんで外? あれ、あれ? わたし、家で夢を見ていたんじゃ……??」

 テンパるわたしと対照的に、李くん何も言わない。それが余計に、わたしを混乱させる。どういうことだ。わたしは、確かに夢を視ていたはず。夢の記憶はやけに鮮明で、今でも脳裏で赤い海を、重い感覚を、思い出せる。そのことから、導き出されるのは、わたしは夢を視ていたのは間違いないということ。

と、すれば、この状況は一体なんだ。わたしは、歩きながら夢を見ていた、とすれば、全ての要素が合致するのだが、あまりにも荒唐無稽で、信憑性に欠ける。それに、わたしは今まで一度も、こういったことがなかったので、夢遊病の線は消える。

残るは、寝ているわたしを李くんが連れてきたとなるが、知り合いとは言え、わたしと李くんはコンビニ店員と客の関係に過ぎない。当然、わたしの家を李くんが知っているわけもないし、家に入れるわけもない。考えれば、考えるほど、なぞが深まっていき、頭が痛い。もう全て投げ出そうかと思い始めたとき、李くんがようやく口を開く。

「やはりお前だったか」
「え、なにが?」
「今更、とぼけても無駄だ」
「李くんが何を言っているかわからないよ、」

 会話が成立しないのはもちろん、口調を始めたとした李くんの変化に、更なる動揺がわたしを襲う。まるで、別人だ。今までの温和な李くんが嘘だったかのようだ。黙るわたしに李くんの黒い瞳が突き刺さる。今の李くんの表情にわたしは見覚えがあった。そう、パトカーが店の前に通ったときに、前垣間見た、無機質な表情。あれだ。なぜ、それをわたしに向けられているのかはわからない。もう、やだ。わたしが一体なにをしたんだ。なんもとぼけていないのに。わたしはただこの現状が知りたいだけなのに。

 あまりの不条理さに、わたしは糾弾しようと、一歩踏み出したとき、ぴちゃん、という水音が響いた。え。予想だにしない音に驚き、わたしは一歩後ずさる。その際に、わたしの視界に映ったもの。それは、見知らぬ男性が赤い紅い血溜まりの中に、沈んでいる光景だった。



まだ、終わらない

(20121028)


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