鉄のような臭いが鼻腔を突き抜ける。赤い、紅い、海へと沈んでいく、体。ああ、夢だ、とすぐに気付いた。こういうの、明晰夢って言うんだっけ。妙に冷め切った頭で、分析をする。水中だからか、体はとても重くて、だるい。まるで錘をつけられたかのような、重さ。所作の全てが遅い。そうしている間にも体はぶくぶくと堕ちていく。きっと、このままだと底まで行ってしまうのだろう。

不思議と海の中だというのに、息が苦しくもないのは、これが夢だからに違いない。でも、苦しかった。息ではなく、心が。ここから出たい、となぜか強く思った。どうせ、夢なんだから。そう割り切ってしまえばいいのに、なぜかわたしは焦っていた。早くここから脱したい、と。自分でもよくわからない。気付いたら、わたしは溺れる体に抵抗するかのように、一生懸命上へと目指していた。だめだ、ここで沈んではいけない。脅迫概念のような、意思と共に。

 幾度も、幾度も、水を手で切るが、体は一向に前へと進まない。寧ろ、足掻けば足掻くほどに、導かれるように、引っ張られるように、体は下へ、下へと沈んでいく。まるで、薔薇の棘のように。ちらり、と下を見ると、そこから先は何もないかのような、真っ暗な闇があった。怖い。これからあそこに堕ちてしまうのか。そう考えると、震えが止まらなかった。しかし、足掻いても無駄、と知った今、もうそれを避ける術はない。このまま堕ちていくしかないのだ。

そう、諦めかけたとき、赤で埋め尽くされていた視界に、一筋の光が差す。それが希望のヒカリなのか、はたまた絶望のヒカリなのか。わたしにはわからない。だけど、もうそれにすがるしかなかった。わたしは鈍い体を精一杯駆使し、光を射す場所を目指した。

「……△○×!! □☆#!!」

 光に近づけば、近づくほど、脳内に直接響く声。何を言ってるのかはわからない。もしかしたらわたしの知らない言語で言っているのかもしれない。だが、わたしはわかってしまった。声がわたしを呼んでいることに。なぜ、と問われれば、答えられない。まさに、なんとなく、といった感覚だ。それに、これは夢だ。曖昧な部分は、都合の良いように作られているのだろう。

 わたしはその声に応えるように、進み続ける。そして、ようやく光に触れられたとき、わたしは気付いたのだ。その声が、一体誰のものであるかを。



赤い夢からの脱出

(20121028)


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