遅刻ギリギリだった。気付いたら、玄関先で寝ていて、時間はバイトまであと5分。わたしは慌てて準備をして、バイトに向かった。家が近いこともあり、なんとか間に合ったが、焦った。本当に焦った。未だ、心臓がバクバクと鳴っていてとてもうるさい。
テキパキと準備をしながら、なぜあんなところに寝ていたのか考えてみるが、思い出せない。最後の記憶といえば、15時を指す時計を見た記憶。以降、全くといっても過言ではないほど、記憶にない。あのあと、どうしたんだっけ、わたし。
解けない問題を解いているように、もやもやする。そんな気持ちを払拭できないまま、わたしはレジに出る。相変わらず人はいなくて、暇だろうな、と思っていたが、珍しくコンビニ内に人がいた。李くんだ。自分が一日休んでいたのもあって、李くんと会うのは2,3日ぶりだ。わたしは嬉しくなって、李くんを呼ぶ。
「ああ、店員さん」
「なんだか、久しぶりな気がする」
「そうでもないですよ」
「ははは。2、3日ぐらいだもんね」
相変わらず、ふんわりとした雰囲気の李くん。いやあ、和みますわあ。最近、よく記憶が飛ぶなんて悩みも、ちんけに思えてくる。まだコンビニに入ったばかりか、李くんの持つカゴには少量の食料しか入ってのに気付く。貴重な売り上げ源を閉ざすわけにはいかない。わたしはいきなり呼び止めことを詫びて、買い物を続けるように、と李くんに言う。
「大丈夫ですよ。お気になさらず」
「いつもごめんなさい」
「いえいえ。そんな」
李くんはいい人過ぎる。いまどき、日本にこんな好青年はそうそういない。ましては、李くんは留学生だ。余計、脱帽。李くんみたいな人が増えれば、日本の治安は良くなるのでは、と血迷い事を思っていると、李くんがふいに「そうえば、なんだか鉄臭いですよね」と零した。
鉄臭い? 李くんに言われ、わたしは意識して周囲の臭いを嗅いでみるが、特に引っかかることはない。李くんの勘違いではないかと指摘するが、李くんは首を横に振る。
「いいえ。鉄臭いです」
「って言ってもなあ」
「店員さんはなんで鉄臭いか、知ってますよね」
「え、知らない、よ」
「知ってますよ」
言葉に詰まってしまった。わたしを見つめる李くんの目が、あまりにも冷たい。パトカーが横切ったときと、同じ目。声はいつもと、同じ柔らかいのに、どこか棘のようなものを感じる。わたしは精一杯首を振るが、李くんの目がそれを許してくれない。怖い。怖い。
「李くん、わたし知らないよ」
「そうですか。それならいいです。あ、これ会計お願いします」
震える声で言うわたしを余所に、李くんはケロッとした態度で、カゴをレジの上に置く。わたしはすぐさま、笑顔を取り繕い、会計をするが、その表情が引き攣っているのを、自分でも感じた。
震えは止まらず、
(20120921)