「歩けなーい。もう無理ぃー」

 道路の真ん中で、へたり座りながら、私は大きな声で叫ぶ。閑散としていて、物音ひとつ聞こえない町は、私の声を吸収することなく、声はダイレクトに周囲へと響き渡る。その声に、少し先を歩いていた李くんが慌てた表情で私に近づいては、「ダメですよ、そんな大きな声を出しては」と窘める。だが、常に柔かな表情を浮かべる、心優しい彼には、迫力というものは皆無で、注意の効力があまりない。それが、なんだかおかしく、私は李くんを前に笑う。

「ああ、もう。だから、ダメですって。静かにしてください」
「だってえ、李くんってば、全然怖くないんだもん」
「はいはい。怖くなくてもいいです。行きますよ、立ってください」
「うー。無理ー。立てないー」


 まるで、抱っこをねだる子供のように、私が両手を広げると、李くんは溜息をついた。きっと、面倒なのを相手にしてしまった、と私と飲みに出かけたのを後悔しているに違いない。私だって、こんな酔っ払いを相手にするのは、ごめんだ。それが、バイト先の正社員相手とは、尚面倒くさいに決まってる。そう思ってるくせに、李くんに言いたい放題で我が儘を言う私は、性質が悪い。

 肩膝を地面につき、しゃがみこむと、李くんは「おぶりますので、乗ってください」と背中に乗るよう催促をする。私はのろのろと覚束無い足取りで、李くんの元へ行き、身体を李くんの背中に託す。李くんが立ち上がり、見える視野が広くなる。新鮮な感覚に、なんだか郷愁の念に駆られる。いつ振りだろうか、こんな風に誰かにおぶられるなんて。一生懸命、記憶を掘り起こしてみたが、そう都合よく思い出せるわけもなく、諦めた。

「いつもあんなに飲むんですか?」

 ふいに、李くんがそう聞いて来た。この有様じゃ、いつも誰かに介抱されているのでは、とか不思議に思ってるのだろうか。そんなことを考えながら、否定する。お酒をここまで飲んだのは本当に久しぶりだ。いつもの私は、李くんの立場で、誰かを介抱する役。だから、こうして介抱されるのは、初めてに近いほど、少ない回数しかない。

「じゃあ、なんで今日は、」
「うーん。やけくそに近いかも」
「嫌なことでも?」
「うーん。それに近いかもねえ」
「でも、ダメですよ。だからって、こんなになるまで飲んでは」
「そうだねえ」

 なんて間抜け声で言っては、ぎゅっと李くんに一層、抱きつく。首元が絞められ、李くんが苦しそうに咳払いをひとつ、こぼす。
 李くんは本当に優しい。こんな酔っ払いなんかその辺に放っておけばいいのに、わざわざ言葉ひとつひとつに耳を傾け、こうして構ってくれるのだから。

 でも、私は知っている。
李くんが、ゲートに関する情報を目当てに、私の会社に来たことを。情報のために、私に優しくしてくれることを。私は、知っているのだ。そりゃあ、やけくそになるもんだ。むしろ、ならない方がおかしい。久しぶりに好きになった人が、自分じゃないものを見ていることに気づけば。

 酒が入って、涙腺が緩んでいるのか、目に涙が溜まり始める。これだから、年をとるのが嫌になる。それに気づいたのか、李くんは「大丈夫ですか?」と心配そうな声をあげる。私は、目にごみが入っただけ、なんてありきたりな言い訳を溢す。

疑うかな、と思ったが、李くんはそれに関して特に追求することなく、ただ「もう飲み過ぎてはだめですよ」と再度、注意を寄越す。こう何度も注意されるとは思わず、私は少し呆気に取られた。と、同時に心配されたという事実に嬉しさがこみ上げて来るものの、その裏には悲しみが付きまとう。複雑な心境。それを払拭するように、先程よりも強く、李くんにしがみつきながら、漏らす。今日だけは、許して、と。



酔いたい夜

(20120920)
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