「貴様は何者だ!?」

 教官の恫喝の声が周囲へと響き渡る。その度に問いかけられた兵士たちが声を震わせながら返す。が、どのように答えても罵倒を浴びせられるそのさまは理不尽と言っても過言ではない光景だった。しかしここは兵団であり、ここに並ぶものみな、もう一人の兵士。十二歳だからといって甘く見られる世界ではないのだ。皆の顔を吟味するように、ゆっくり歩いていく教官に兵士たちは次はわが身では、と思い、震えるがどうやら恫喝する兵士を教官は見極めているようだった。

 だから目と目が合っても恫喝されずに終えるものもいれば、視界に入っただけで罵倒されるものもいろいろいた。しかし、恫喝される兵士の方が圧倒的に多いのも事実で、なかには圧力に押されては涙を流したり、失禁したり、ヘマをして殴られるなどしていた。

「『蒸かした芋』です! 調理場に丁度頃合いの物があったので! つい!」

 その中でも一番異色を放っていたのはサシャ・ブラウスと名乗った女兵士だろう。式中にも関わらず、芋を食べ続けていた彼女は結果的に、飯抜きのまま死ぬ寸前まで走れ、と教官に言い渡されていた。彼女の自業自得だと思いながらもあんな状態でも芋を食べ続けた彼女の精神はある意味すごいのではないか、と少し感心すら覚えた。

「オイ。あの芋女、まだ走らされてるぞ」誰かが言った声につられるようにして表を見てみれば未だ制服のまま走るサシャの姿が見えた。大半の人間は着替えをすませ、晩御飯を食べるために食堂へと集っているというのに。もうかれこれ五時間は経つのではないだろうか。サシャを横目にそんなことを思いながら歩いていると、ふとなにかにぶつかり尻餅をつく。

「……っ」
「あ、ごめん」

 振ってきた声に衝突物が人であったのに気付く。痛む鼻を手で抑えつつ、顔をあげると黒髪の少年がそこに立っていた。背は大きく、差し出された手も大きい。

「けが、とかない?」

 にも関わらず、眉を八の字に曲げてはぼくの出方を窺う態度は小さく、とてもその大きな体には見合わなかった。対照的。ちぐはぐ。それが彼の第一印象だった。

「……なにか僕の顔についているかい?」
 いつまで経っても手をつかもうとしないぼくを怪訝に思い、心配そうな面持ちで彼は問う。首を横に振り、手を取って立ち上がる。尻についた埃を振り払いながら答える。

「ううん。特にないよ。ただ」
「ただ?」
「懐かしい匂いがした気がしただけ」

 彼は困惑した表情で首を傾げた。





(20131007)


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