ふと目が覚めると見覚えのない天井が目に飛び込んだ。上半身を起こし、周囲を見渡す。あ、れ。違和感に気付く。昨晩の寝床は壁外の簡素な小屋のはずだったが、視界に広がる景色は記憶違いに済ますには無理があるほどの差異があった。

まずぼくの寝ているベットの造形も違うし、昨日寝た部屋にはなかったはずの本棚がここにある。寝ている間に部屋を移動させられたのだろうか。そんな思案を巡らせながらベットの左手にあった窓のカーテンを何気なく開く。すると、どうだろうか。目に飛び込んだのは空に届くかと思われるほど伸びた壁の姿ではないか。

「壁内に帰ってきた……?」

 街を囲う壁が見える以上、それはまごうことなき真実。ぼくが寝ている間に壁の中へと帰還したのだろう。いつの間に。それほどのことがあれば目が覚めてもおかしくはないというのに。一瞬にして移動したような感覚を抜け出せないまま、壁を眺めていると軽やかなノック音がふたつなる。はい。簡素に返すと、扉は開かれエルヴィンが現れる。

「どうやら起きたようだね」
「はい。……あの、ぼくは、どれほど寝てましたか」
「二日ほどだ」

 衝撃だった。まさか二日も眠っていたとは。そりゃあ壁内にも帰ってくるはずだ。今まで睡眠に対して時間を割く方でもない上、短い睡眠時間でも動けた。にも関わらずここまで眠ってしまったのはある意味自分の中で整理がついて安心したからだろうか。

 エルヴィンはぼくの意識がはっきりとあるのを確認すると、ついてきなさいと言って、部屋を出た。そのあとを追い、エルヴィンに通されたのは大広間のような部屋だった。そこにはリヴァイ、ハンジ、と髭の生えた兵士と背にユニコーンが描かれた制服を身に纏った兵士がいた。エルヴィンに促された席へと座る。

 それからエルヴィンとユニコーンの兵士が話し始めた。どうやらぼくの処遇について、らしい。暗殺未遂をしたとはいえ、エルヴィンは兵士になれとぼくに言ったのだからおそらく命を奪われることはないだろう。

そう思うと話をいちいち聞くのも馬鹿らしく、耳から言葉が通り抜ける。ぼんやりとしていると、ふと明後日の方向を見ながら黙って紅茶をすするリヴァイに気付く。なんだろうあの持ち方。取っ手を使わず、上からつかむようにカップを持つリヴァイに飲みにくくはないだろうかという感想を抱いていると、セシルと呼ばれる。顔をあげる。

「話はまとまった。きみはこの男についていくといい」

 この男というのはユニコーンの兵士のことだろう。男は面倒臭そうに舌打ちすると、扉の方へ歩き出す。婉曲に早くしろと伝える行動を理解し、ぼくも同様に立ち上がる。

「短い間でしたが、お世話になりました」

 そう短く謝礼を言い、男の背についていく。話は詳しく聞いていなかったが開拓地、というキーワードが聞こえたからきっと開拓地へと連れて行かれるのだろう。そう考えながら扉の取っ手をつかんで、振り返る。

エルヴィンはなにも言わずこちらを向いていて、ハンジは涙を流しながらなにか言っていていて、リヴァイはぼくの方を一切見ていなかった。髪を切ったあのときからそうだ。なにか彼の癪に障ることをしてしまったのだろうか。しかしリヴァイがなにも言わない以上、真意はわからない。早くしろ。扉越しから催促の声が届き、ぼくは取っ手をひねって部屋を出た。

 それからぼくはウォール・ローゼ南方面の隊から一番近くにある開拓地へと回され、そこで一年間働いたのち、兵士となった。





(20131002)


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