「君は鋭い目をしている。わたしを殺そうとした度胸からもいい兵士なるだろう」
「えっ」

 口から零れ落ちたのはそんな間の抜けた声だった。脳が正常に言葉を処理しない。いまエルヴィンはなんて言った? 聞き間違いでなければわたしに兵士になれと言ったはずだ。依然、状況をうまく咀嚼しきれず目を瞬かせるわたしにエルヴィンは続ける。

「巨人に対抗する力を身に着ける手っ取り早い方法は兵士になることだ。訓練兵として三年間基礎を学び、力を手に入れ、我々のいる調査兵団へと所属すればきみの憎む巨人はいくらでも殺すことができる。……私を殺すよりかはよほど現実味のある話だと思うが」

 兵士になる。そんな選択肢は盲点だった。巨人というのは恐ろしいものでわたしのような子供がどうにかできるものではないとばかり思っていた。だから巨人ではなく、エルヴィンを憎むことでわたしはなんとか自我を保っていた。兄が死んでからはずっとそれだけを考えて生きてきた。

エルヴィンの話を聞くところによるとここ最近は世論の流れで兵士を志願する少年少女が多いらしい。つまりは、わたしが兵士になるという話は荒唐無稽なものでは決してないのだ。現実味がある、立派な選択肢のひとつなのである。

 兵士、になれるのだろうか。エルヴィン暗殺を逃したいま、わたしに残る手段はそれしかない。しかし、またあの巨人の前に立つことができるかと問われたら返事に窮してしまう。巨人の恐怖はまだわたしの体に染み付いて離れないのだ。今だって夢に現れるだけで体は震えてしまう。

だけど、この世界は残酷で弱者は抗わないと潰されていく運命にある。あのとき、わたしは嫌ってほどそれを思い知ったじゃないか。わたしが無力で非力だったから、兄は死んだ。人の命を、兄の命をいとも簡単に奪っていく巨人は怖い。怖いけれど、それ以上にわたしは巨人が憎い。兄は死ぬべきではなかった。兄はわたしよりも周囲に慕われ、期待されていた人で、わたしなんかもずっと生き残るべき人間だった。

 ――ああなんだ。そこまで考えて、ようやく腑に落ちる。わたしの胸に燻る憎悪は兄を殺した巨人に対するものだとばかり思っていたが、違ったのだ。確かに巨人は憎い。全員ぶっころしてやりたいほどに。だけど、そんな巨人よりもわたしはわたしが憎くて仕方なかったのだ。有望な兄を犠牲にしてまでのうのうと生き残った自分が。

 所在が明確になった途端、わたしはわたしの命の使い方を瞬時に把握した。と、同時に悩むなんて選択肢はわたしの中から既に消失していた。答えは決まっていた。

「わかりました。わたし、兵士になります」
「ほぼ五割だ」
 拳を握り締め、そう言い放つわたしを横目にリヴァイはそう言う。なにが五割なのか。目で訴えると、リヴァイは新兵が初の壁外遠征で死ぬ確率だと続ける。

「おまえ、兄に救われたと言ったな。その兄が命を犠牲にしてまで救ったというのに、おまえはその思いを汲み取ることなく、背負うことなく、命を捨てにいくのか」
「命を捨てる? そんなんじゃない。わたしは――」
「エルヴィン団長!」

 言葉を遮るようにひとりの兵士が慌てた様子でエルヴィンへと駆け寄る。その様子だけで尋常ではないことが起こっていると察するには十分だった。嫌な予感がする。まさか、と思っていると、兵士が巨人が接近している旨を大声で伝えたのであった。





(20130928)


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