「セシル・パブリチェンコ、です。ひっ」

 エルヴィンの手を取ることでようやく痛みから解放されたが、そのあと待っているのは解放ではなく、尋問だ。未だわたしの横で仁王立ちしている男に睨まれているわたしはひょいひょいと質問されたことに答える。

両手を縄で縛られた挙句すっかり恐怖が身についてしまったわたしはもう暗殺者失格だろう。それに身体を起こしてから気付いたが、この男の風貌に見覚えがあった。おそらくリ彼はヴァイ兵長だ。人類最強と謳われる兵士であり、エルヴィンの右腕としての機能を担う男。エルヴィンを殺すにあたって、こいつに見つかった以上、もういい結果を望めない。それに、生きて帰れるかも怪しいところであった。

「で、きみは何故、私を殺そうとした? 私に何か恨みでもあるのかな」

 飄々とした態度で問うエルヴィンを前にわたしの中の憎悪が燻る。

「恨みでもあるかなんてよくもまあ言えますね。心当たりはたくさんあるだろうに。それともあれですか、調査兵団さまとなれば民の命なんて虫のように思えるんでしょうかねえ」
「黙れ、クソガキ」

 大声を出し、罵倒をするわたしの背中をリヴァイが踏みつける。体勢に耐え切れず、身体が地面へと叩きつけられる。が、わたしは口だけは止めなかった。

「あなたたちがちゃんとしていれば! 巨人がシガンシナ区に来る前に絶滅してくれていれば、わたしの両親も、わたしを庇って兄が死ぬことはなかった……!! 全部、全部お前のせ、」

 頬をリヴァイにつかまれたため、わたしは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。暗殺を失敗しただけではなく、兵団に対してここまでの啖呵を切ってしまったらおそらくただごとじゃ済まされないだろう。だけど、言わずにはいられなかった。

 未だエルヴィンを睨んでいると、エルヴィンは目配せでリヴァイをどかせるとしゃがみこみ、わたしと視線を合わせた。

「私たちの力不足だったことは認めよう。そしてきみたち民に苦しい思いをさせた」
「そう思うのなら、死んでください」
「それはできない」
「じゃあわたしのこの思いはどうすればいいんですか! ……わたしは、あなたたちのような力は持ってないから巨人にもあたれない!!」

 本当の悪は巨人であるってことはわかっている。だけど、ただの一介の市民であるわたしには巨人に対しどうすることもできない。だから、責任の所在を与えられる唯一の存在、エルヴィンを憎んだ。殺そうとした。そうしたら兄を亡くした日から内で燻る憎悪がなくなるような、そんな気がして。

 宛をなくし、憎悪だけがわたしの中に残る。これをずっと抱えて生きていけというのだろうか。何もできない悔しさとちっぽけな存在である情けなさとエルヴィンを殺そうとした愚かさが自分の中で織り交じっていき、わたしは感情のコントロールをなくし、咽び泣く。

 そんなわたしを前にエルヴィンは言った。

「セシル・パブリチェンコ。兵士になる気はないか」





(20130925)


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