厳しい訓練の疲れを一秒でも早く癒そうと、雑談をしている女子の輪から早々に抜け出してはベットの中へと身体を滑らせる。横になった途端に瞼が重たくなる。こうしてすぐに睡眠をとることで疲労の回復を図っているのだが積み重なる疲労に身体が追いついていけない。

もう寝よう。欠伸をかみ締め、意識をまどろみへと投じようとしていると、名前を呼ぶ声が耳に届いた。サシャの声だ。うっすらと目を開けてみれば、こちらを窺うサシャの顔が見えた。

「ルカ。一緒に寝てもいいですか」

 サシャのことだ。どうせ断ったって勝手に入ってくるに違いない。答えるかわりに人、ひとり分が入れるスペースを作る。ぱあっと表情を明るくさせ、サシャはぼくのベットの中へと入る。落ち着かない子供のように肩を動かし、温かいです、と嬉しそうに言う。

「この前のルカ、すごかったです」

 ようやく落ち着いたと思えばサシャは唐突にそう言葉をもらす。この前の、というのはおそらくジャンと決着をつけた、あのときのことだろう。サシャが言うようなすごいことはべつになにも起こってはいない。あの決着だって、結局のところついていないのである。

勝負がつかず、ずるずると続けているうちに科目の終了時刻へとなってしまい、結果はドロー。もしぼくがジャンに勝てていたのならばその言葉は見合うのだろうけど、この場合は間違いだ。だから否定をしたのだけれど、サシャは更に否定するように首を横に振った。

「ルカはあのジャンの攻撃をひゅんひゅんって避けてたじゃないですか! すごいですよ! どうやってやったんですか」
「どうやったって……別に特別なことはしていないよ」

 そう言うと、サシャは驚いたように目をぱちくりとさせた。そして、うそですと不満をもらした。が、うそなんてついていない。サシャに言った言葉の中に偽りはひとつもないのだ。本当に、特別なことをひとつも行っていない。ただジャンの攻撃が、ゆっくりと見えた、だけなのだ。なのに、サシャが上位に位置するジャンとドローになったのはすごいですとあまりにも褒めるものだから、少し照れくさくなってぼくは布団の奥へともぐった。

 真っ暗な暗闇の中、セシルと呼ぶサシャの声がひとつ、くぐもって聞こえた。

「サシャ。その名前で呼ぶのならぼくは寝る」
「……それがルカの本当の名前だとエレンたちから聞きました」

 琴線に触れぬように、言葉を選びながらサシャはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。ぼくはそれから逃げるみたいに布団の中で身体を丸くさせたが、サシャの口を止めない。サシャの温かく、やわらかい身体が背に触れる。

「詳しい話はよくわからりませんが、私はセシルって名前、好きですよ。だから嫌うのは少し悲しいです、ルカ」




(20131015)


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