「覚悟はいいなルカ!」

 ぼくの正面に立ち、啖呵を切るジャンの額に青い血管が浮き出る。それほどまでにジャンはぼくが気に食わないのだろう。ああ、どうしよう。誰かに助けを求めようと周囲を見渡すが、誰も助けてくれる気配を見せない。

事の発端を担ったコニーとサシャですらこちらに来てくれはしない。そのくせ、みな対人格闘術を勤しむフリをしながら、目だけはしっかりとこちらに向けている。関わりたくないが、興味はある。それが本音なのだろう。なんでこうなってしまったんだ。ぼくは人知れずため息を吐いた。

 すべての始まりは今日の朝にある。ぼくはいつものように起き、いつものように食事を摂取するために食堂へと向かった。その途中で104期の中でもバカと名高い、コニーとサシャのふたりと会い、そのまま彼らと話し込む形で食事を一緒にとることになった。

そして朝食をトレーの上に載せ、席を探しているとなにやらコニーとサシャがわちゃわちゃと騒ぎ始め、不意にコニーの肩がぼくの肩を押した。その衝撃にぼくは少しよろめいてしまい、次の瞬間に聞こえたのはピチャという水音。嫌な予感がしつつも振り向けばそこにいたのはスープが下腹部にかかったジャンの姿。

「……おい、ルカ」
「ああ、ジャン。すまない。大丈夫かい」

 慌てて彼へと駆け寄り、近くのテーブルにあったタオルを手に取っては服を叩く。ああ、貴重な服に染みを作ったらどうしようか。そんな平凡なことを考え、焦っていると、様子を見守っていたバカふたりが口開く。

「ジャン、おまえおもらししたみてえになってんな!」
「いい年して恥ずかしいですよジャン」

 ああ、なんてこった。額に手をあて、打ちひしがれるがもう遅い。ただでさえ短気のジャンがバカふたりの煽りを相手にしないわけもなく、わなわなとジャンは震えると「ふざけんじゃねえ」と大声をあげる。

「元はといえば、コニー、サシャ! てめえらが朝から騒いでるのが悪いんじゃねえか! おまえらの頭はそこらのあおくせがきどもと一緒で幸せそうだな!」

 ジャンの言い分はごもっともだ。そう他人事のように頷いていると、ジャンの鋭い視線がぼくへと向く。そして吐かれたのは「ルカ! おまえもおまえだ! 女のくせにぼくなんて言いやがってうぜえんだよ、この女男め」という暴言。さすがにこれを流すほどの大きな器量を持ち合わせておらず、癪に障ったぼくはついつい言ってしまったのだ。「だから、きみはエレンに劣るんだよ」と。

「は? なんでここに死に急ぎ野郎の名前が出てくんだよ」
「ふたりはともかく、エレンだったら謝ったぼくを怒ることはしなかったはずだ。それにきみがエレンに劣っているのは、……事実だろ?」

 そう挑発するような物言いで言い切ったあと、はっと我に返ったのだがもう遅い。そしてこの決着は今日行われる対人格闘術でつけようと話はまとまり、こうしてジャンと勝負をするために対峙している今に至るのだが、どうにか平和的に話が収まらないのだろうか。

「なあ、ジャン。やっぱやめ――」
「ルカ。ならずものか、兵士か選ばしてやるよ」

 遮るように差し出されたのはならずもの役をやる際に必要となる木剣である。それと交互にジャンの顔を見てみるが様子から察するに水に流す、というの選択肢は存在しえないようだ。もう腹を括るしかないのだろう。木剣を押し返し、兵士役を選択する。距離を置き、ややあってから襲い掛かってきたジャンを前に、そう割り切るほかなかった。




(20131015)


- ナノ -