兵士になるための道は険しく、訓練は予想を遥かに上回るほどきつく、つらいものであった。連日のハードな訓練に疲労が溜まる一方で、訓練後に足元がふらつく場面も多々あり、ぼくはついに誰かの背中へと倒れこんだ。強い衝撃に朦朧としていた意識が戻る。慌てて体勢を戻し、顔をあげるとそこには見覚えのある顔があった。

「大丈夫かい?」

 大きな体格と対照的な弱々しい態度。彼だ。ベルトルト・フーバーだ。彼はぼんやりと立ち尽くすぼくを見て、手をつかむとそのまま食堂へと誘導させ、座らせた。待ってて、と声をかけ席を外したかと思えば、水の入ったコップを片手に戻ってきてはそれをぼくに差し出す。ベルトルトの顔を見て窺うと、了承の意を表すように一度頷いたため、ぼくはおずおずと手を伸ばし、コップをつかんで口に含んだ。少し、気分がよくなったような気がし、隣に座ったベルトルトに礼を述べた。

「礼を言われるようなことを僕はしてないよ」
「それでも助かったよ。あと、二度もきみの背中にぶつかってごめん」
「ああ、そういえば入団式の後にぶつかってきたのもルカだったね」

 思い出したようにベルトルトは小さく笑うと、ルカとは縁があるようだ、と冗談めかして言う。コップの中でゆらゆらと揺れる水面を見つめながら、そうかもしれないね、と適当な相槌を打つ。それから暫く沈黙が続いたが、特に苦痛を感じることはなかった。時間がただ過ぎていく。

 あの子が、死んだ子に成り代わるとか変なこと言ってる子でしょ。

 そんな穏やかなときを破ったのは、傍を通った名の知れない兵士の戯言だった。ちらり、と横目で声のする方を見てみれば慌てたように歩を進めて行く。最近、よくあることだった。エレンたちに話したあのとき、他の誰かにも話を聞かれていたらしく、あとは伝言ゲームのように噂が広まり、気付けばぼくは訓練兵の中でも異端の分類に入れられていた。

「本当なの?」

 うんざり顔で目線を戻すと、ベルトルトが不思議そうにこちらを見ていた。彼もまた噂の真意を知りたいのだろう。内心、辟易しながら頷くと、ベルトルトはああごめん。聞かれたくなかったよね、とすぐさま詫びを入れた。自分から聞いてきたというのに。頬杖をつき、ベルトルトを見上げる。

「なんで、謝るんだい」
「なんでって、ルカは聞かれるのを嫌そうにしたから」
「でも、聞いたのはそっちじゃないか」
「まあそうだけど、」

 ベルトルトの歯切りの悪い物言い。中途半端で、ゆらゆらと揺らぐさまは自身の過去の事物を彷彿させた。ごめんなさい。すぐに謝り、相手の表情を窺っては相手に合わせた自分を作る。ベルトルトにそっくりな人をぼくは知っている。だから、なのだろうか。ベルトルトを見ていると、どうしようもない苛立ちを覚えるのだ。





(20131013)


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