「セシル」

 久しく聞いていない名前に振り返ると、黒髪の少女がそこにいた。途端に襲う、既視感。ぼくはこの子を知っている。奥底にしまった記憶が揺らぐ。シガンシナ区の地で駆け巡る五つの影。

「……ミカサ?」
「やっぱり。入団式のときに見かけてもしや、と思って」
「ああ、ミカサ。懐かしい。壁が壊されて以来だね。元気だった?」
「私もエレンもアルミンも元気。向こうにいる」

 窓の外へ指を向ける。追うように視線を移動させてみれば、何人かの男の子たちが談笑しながら歩いていた。その中で見覚えのある後姿をふたつ見つける。エレンとアルミン。そうだ、彼らはそんな名前だった。懐かしい。まさかこんなところで彼らと再会するとは思わなかった。彼らとは同じ区で、たまに遊ぶ間柄だった。三人が仲の良い友人であるのは知っていたが、三人一緒に訓練兵になっているとは。関係はいまも変わらず、ということなのだろう。

「で、何の用だいミカサ」

 小さくなっていく姿を見送ってから再度、ミカサに向き合う。エレンやアルミンならまだしもミカサは久しぶりに会ったという理由で積もる話をするタイプではない。話しかけたからにはなにかしらの用はあるはずである。全体を見渡すようにミカサを見る。その右手にはハサミのようなものが握られていた。

「そのハサミと関係ある?」
 視線をハサミへと注ぎ、首を傾げれば、ミカサは小さく頷く。

「エレンが、髪長すぎると言った。だから切ろうと思って」
「ああ、なるほど。それをぼくにってことか。いいよ。じゃあ表に出よう」

 ぴくり、とミカサの眉が動いたのを気付かないフリをして、ミカサの腕をつかみ外へと出る。消灯時間が近くなっているためか、先程に比べて人は少ない。建物の段差にミカサを座らせ、ハサミを受け取る。

「どのくらい切るの」
「立体機動で邪魔にならないくらいに」
「うーん。曖昧だなあ。まあいっか」

 ミカサの艶やかできれいな髪にハサミをいれる。力を込めて閉じれば、ざくりと髪の束が地面へとはらりはらりと落ちていく。ざくざくざくざく。ハサミが髪を断裁する音だけが周囲に響く。綺麗な髪なのにもったいないと漏らしたぼくにミカサは関係ないとばっさり切り捨てる。どうやらエレンに対し、一直線型なのはいまも変わらないらしい。

「相変わらず、ミカサはエレンが大切なんだね」
「家族、だから」
「そっか」

 ミカサには守るべき相手がいる。目の前に。手の届く場所に。僕はそんなミカサが羨ましかった。

 ざくり。最後の束が落ちていった。





(20131008)


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