わたしには明確な目標がない。エレンのように壁の外に出て世界を見たいとかジャンのように憲兵団に入って安全な暮らしを送りたいとかコニーのように故郷のみんなを見返してやりたいとか。兵士になったのだって世論に流された結果だったし、未だ巨人の恐怖を味わっていないわたしは巨人に対しての恨みも怒りも何もない。そりゃあ巨人がいない方がわたしたち人類は安心して生きていけるからそれに越したことはないだろうけど、そのために命を捨てるのはなんかおかしいような気がする。

 いま思い返せば、わたしは昔からそういうやつだった。いつも現状に満足しては絶望も希望も抱かず、平行線のまま。だから足掻きもしなければ、余裕ももたない。ただただ流されるだけの人生。だけど、兵士になっていろんな目標を持つ人間を見てきて思ったのだ。わたしの人生はこれでいいのだろうか、と。

 望んだことではないしろ、わたしはいま訓練兵であり、あと一年も経てば好き嫌問わず戦場の向かうことになる。下手をしたらそこで死んでしまうかもしれない。わたしのいる場所はそういうところ。もしこのまま現状維持を続けて死んでいったら、果たしてわたしは生きた意味があったのだろうか。何もつかもうとせず、何にも縛られることもなく、ただただ消えていくだけ。そんな人生はきっと寂しい。

 だから一生懸命頭を使って考えた。わたしの目標となるものを。だけど、今までそんなの意識したことがなかったから、どれほど時間を費やしても浮かばなくて。わたしは焦った。このままなにも抱けずに死んでしまうのではないか。そんな思いが頭を埋め尽くし、途方に暮れて食堂の隅で膝を抱えているとわたしの名を呼ぶ声が聞こえた。

「なまえ。もう消灯時間になるよ」
「……ベルトルト」

 顔をあげると、ベルトルトが柔和な笑みを浮かべながらわたしの前で立っていた。彼を見上げながら名前を呼ぶと弱々しい声音が気になったのか、ベルトルトは眉を八の字にすると、なにかあったのと言ってわたしの隣へと腰掛ける。

「……あのね、」
 話すかどうかを少し逡巡した後、おずおずと口を開く。
「うん」
 ベルトルトはわたしの目を見て頷く。

「わたしね、」
「うん」
「昔からあまり目標ってものを持ってなくてね、」
「うん」
「でもさ、エレンとかジャンとかここのみんなは結構しっかり持ってるじゃん」
「うん」
「だからわたしも考えたんだけど、」
「うん」
「……見つからなくて」
「うん」
「そしたら、このまま何もなく死んでいくのかなーって思えて、」
「うん」
「無性に怖くなって。……ああ、だめだ。ごめんベルトルト」

 ぼろぼろぼろ、と透明な小さい球体が落下していく。肌に触れ、弾けていく。冷たい感触。ベルトルトの体にも何個か落ちてしまったのか、水滴が肌に残る。

「困らせるつもりはなかったの。ごめん、いまの話も忘れて」
 その場から逃げるように立ち上がり、去ろうとする。と、待ってと言う言葉と共にベルトルトがわたしの腕をつかんだ。
「なまえが何に悩んでいるかはよくわかった。けど、そんなの僕も一緒だよ」
「……ベルトルトも一緒?」
 こくり、と頷く。
「僕なんてなまえよりひどいよ。ここに来たのだって自分の意思ではない。それに、僕は自分の意思でなにかを決める、なんてことすらできない。そんな弱い自分をわかっていても僕はどうしたらいいのかわからない。それに比べたら、改善しようとするなまえはすごいよ」

 凄くなんてない。わたしはベルトルトのように身体能力も高くなければ立体機動装置の扱いに長けてるわけでもない。大体が平均的。そんなわたしがベルトルトより凄いはずはないのだ。無言で首を振ると、ベルトルトは困ったように笑う。

「なまえは頑固だね。そんなに自分が価値ないと思っているの?」
「そういうわけじゃないんだけど。やっぱ道標が欲しいというか……」
「でもそんなのは深く考えなくても僕はいいと思うよ。僕だって故郷に帰りたい、という願いを持っているだけだし。そういう小さなことでもいいんだ、なまえ」

 ないの? と黒味がかったベルトルトの双眸がわたしに突き刺さる。小さな目標。そう言われて思い浮かんだのはひとつのこと。ああ、わたしにもあったじゃないか。とても小さいけれども、大切な、生きた証となる目標が。すっと体の中から力が抜けていくのが自分でもわかった。それが表情に出ていたのだろう、ベルトルトはわたしを見てあったようだね、と言う。うん。ベルトルト、あなたの言う通りわたしにもあったよ。あまりにも日常に馴染んでいたから気付かなかったけれども。

「……なにか、聞いていいかい?」
「だめ。ベルトルトにだけは教えない」




共にありたいだなんて戯言(201309028)