わたしはジャンのようにはなれない。三年間、苦渋を共にした仲間たちはただの同期、と捨てきれるほど簡単な存在ではなく、絆はすでに親兄弟と同じものでひとりひとりが大切な存在だった。だけど、だからといって彼らのために一身に捧げるほど、わたしは強くなければ優しくもない。

 トロスト区の一件で同期の仲間たちが命を散らしていくさまをわたしは見た。今さっきまで隣にいた人間がいなくなってた、なんて状況に何度も逢った。みんな死、を理解する前に死んでいった。死は無差別な暴力だ。何の前触れもなく、訪れてはわたしたちから生を奪っていく。成人も子供も男も女も関係なく。そこにわたしたちの選択肢など、存在し得ない。生きるわたしたちはただいつ訪れるかわからない死に怯え、体を震わすしかないのである。

 わたしは死にたくない。例え、みっともないと他人から嘲笑われようが可能な限り足掻いて、もがいて、死に目をつけられないように逃げて生きたい。だからわたしは、

「駐屯兵団に行くよ。ジャンとはここでお別れ」
「……そうか」

 わたしはジャンのようになれない。自分が今何すべきか、なんて冷静に分析する余裕もない。どの選択したら、生きる確率が少しでも上がるのか。そればかりをわたしは考えている。だから、死亡率が高い調査兵団には絶対に行かない。仲の良いサシャやコニーが行こうとも、同じ区出身であったジャンが行こうとも、わたしの意志は変わらない。兵団選択は兵士にとって、命の選択にも等しい。仲のいい人間がいるから、という軽い気持ちは決められないのだ。

「ジャン。まだ、戻れるよ。憲兵団にいけるんだよ」
「そうだな。でも、……もう決めちまったんだ、調査兵団に行くってな」

 繋がった手が痛い。骨が軋むほどの力でジャンが握っている。とても辛そうな顔をしているけれども、その目はしっかりと未来へと向けられていて。わたしが駐屯兵団行きを決心したように、ジャンもまたその意思を曲げることはないのだろう。それが、ジャンの選択だ。わたしがとやかく言える資格は、ない。

 ひとつひとつ、丁寧に指を解く度、ジャンとの思い出が浮かんでは消える。ジャン。わたしはあなたが好きだったよ。抜き身過ぎるところも、ミカサを思う故にエレンに八つ当たりするところも、全部全部大好きだった。だけど、ここでジャンとも、この思いとも、お別れ。

 遠くで駐屯兵団希望の兵士の集合をかける声が聞こえる。もういかなくては。手を離し、誘われるように歩き出したわたしの背に言葉が降る。

「……死ぬなよ」

 立ち止まって少し振り返ってみたけれど、ジャンはわたしを見ていなかった。剣が交差する背中しか見えない。なに言ってたんだよ、バカジャン。本当は自分のことでいっぱいいっぱいなくせに。調査兵団の方が死ぬ確率が高いというのに、あんな言葉で見送るなんて。……でも、そのひねくれ具合はとてもジャンらしいよ。

彼の精一杯の優しさに小さく笑い、歩いていく。わたしは臆病者だからついていくことはできない。だけど、せめて死に近づいていく彼が一秒でも長く、目を付けられないようにと、強く願ってその場を去った。



わたしはわたしできみはきみ(20131013)
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