「リヴァイ兵長!」

 拙い足取りでわたしは城の外へ出た。馬に乗った兵長とエレンがそこにいて、古城を発つところであった。声を張り上げたわたしを兵長は横目で一瞥したが、まるでそこには初めからなにもなかったように「行くぞ」とエレンに出発を促した。エレンは焦った表情でわたしと兵長の双方に視線を何度も行き来する。そんなエレンと対照的に、兵長は容赦なくその場から去っていく。このままでは本当に置いて行かれてしまう。わたしは再度大きな声で兵長の名を叫ぶ。

 いろいろ悩み戸惑い自棄になっていたが、結局のところ選択肢など残されていなかったのだ。この体と心臓は既に王へ民衆へと捧げている以上、その一部を失ったからといって、誓いが無効になるはずなんてないのだ。足をなくしたことで本質を見失いそうになったが、これがわたしパティの生きる道。たとえ足をなくしたとしても、直接巨人を殺せなくなったとしても、きっとあるはずだ。わたしにできることが。雑用でも炊き出し係りでも死体処理班でも。なんだっていい、わたしは……わたしは……

「人類の糧となりたいのですっ! ですから兵長……わたしに翼を背負わせてください……!!」

 叫ぶと同時に肘から順に崩れ、地に手をつく。透明なしずくがわたしから滴り落ちていく。嗚咽が邪魔してうまく呼吸ができない。しゃっくりをあげ、子供みたいに泣きじゃくるわたしの体に影が覆う。顔を上げるとそこには兵長がいて、次の瞬間には胸倉をつかまれ、体は宙へと浮かんでいた。目先にある、兵長の顔。

「それがおまえの答えか、パトリシア」
 つかんだまま、兵長は問う。鋭い冷酷な目に逃げそうになる。だが、もう決めたのだ。逃げないと。わたしはすぐさま右腕を自身の心臓へと充て、自分が出せる最大限の声を張り上げた。

「……その返事なら問題ないみてえだな。チッ、手間をかけさせんな。さっさと行くぞ」

 一度目を閉じると、兵長はそう言っていつもの表情へと戻った。その表情にひどく安心するのもつかの間、そのまま引っ張るようにして、わたしを自身の馬の後方へと乗せ、経過を見守っていたエレンに一喝すると、兵長はすぐさま馬を動かした。

覚悟を決めた以上、もう情けない格好は見せまい。兵長の後ろで涙と鼻水を袖で拭いていると、目の端にエレンが映る。心配そうにわたしを見るエレン。そんな後輩にわたしは精一杯の笑みを見せる。

「エレン助けてくれてありがとうね」
「いや、俺は……パティさん以外を……」
 他のメンバーを助けられなかったことを責めているのか、表情が翳る。わたしはゆっくりと首を横に振る。

「エレンのせいじゃないよ。もっと早く巨人化したからってみんな助かった保証はない。もう気にしてもしょうがないんだ」

 だから、そんな顔をしないでエレン。きみが生きていることで死んでいった仲間たちは報われるんだ。笑っておくれ。わたしの言葉にエレンは小さく頷く。そんないたいけな後輩の姿を前に感傷に浸っていると、

「先輩面しているところ悪いが、エレンにかけた言葉そのままおまえに返そう」
「…………」
 兵長の言葉に、ぐうの音もでなかった。何も言い返せず、押し黙っていると兵長は「次はないと思え」と厳しく優しい叱咤を投げかけた。思わず顔をあげたが、見えてくるのは背中だけで兵長の顔色は伺えない。

「本気で死にてえなら、今度こそ俺がその肉を削ぐ。わかったな」
「はい」
「それならいい。本部についたら精々クビにならねえよう尽くせ。それがおまえの役目だパティ」

 兵長はそれ以上なにも言わなかった。小さく頷き、兵長の言葉を胸に刻む。もう死ぬなんて言葉は口にしない。弱音はもう吐かない。わたしはもう立ち止まらない。

 人類最強の背中をつかみながら、瞼を閉じる。瞼の裏に思い浮かんでくるのはいままでに散って行った仲間たちの姿。わたしはもうこの手で巨人を殺すことはできなくなってしまったけれど、わたしは生きている限り、あなたたちの死を無駄にしないように駆け抜けよう。背中に刻まれた翼とともに、人類が平和に暮らす未来に向かって。それがわたしにできる唯一の手向けなのだから。





(20130914/END)


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