折原臨也の目的が私の鞄を餌にして、私を誘導することであるのは明白だった。だから、そのまま無視して帰っても、翌日になれば折原臨也は何事もなかったかのようにケロっとした表情で私に返していたに違いない。それ故、折原臨也の見え見えの餌にわざわざ引っかかる必要性なんてどこにもないのだ。

……けど、鞄持って行かれたら困るんだよな。中に携帯電話が入ってるし。そう、折原臨也が持つ私の鞄の中には携帯電話が入っている。勿論、容姿に見合った感じに、私が重度の携帯依存症であるというわけではない。私にとって、携帯電話はただのツールに過ぎない。その名の通り、携帯できる電話としての。

だからこそ、尚更折原臨也に持ってかれては困るのである。私の携帯電話の中には、私が生きるための伝いの全てが詰め込まれている。一時的とはいえ、ソレが詰まった携帯電話を自分の目が届かない他者に任せるということは、どうぞ情報を好きなようにしてくださいと言っているようなものだ。

 したがって、私の取るべき行動もまた、明白だった。



「あれ、なまえは帰るんじゃなかったの? へぇーそんなに俺といたかったんだ。嬉しいなぁ!」
「…………」

 小走りで折原臨也を追いかけてきた私を見て、折原臨也はわざとらしく言葉をかける。自分でこうなるように仕向けたくせに、「俺といたかったんだ」なんて言葉をよく吐けたものだ。私は嫌悪感を隠すことなく、視線でぶつける。すると、折原臨也は愉快そうに肩を揺らす。…本当に気味悪い奴だ。心中でそう罵倒した私は一分一秒も早く、折原臨也から離れるために、餌とされた鞄の奪還を試みる。

 しかし、竿に引っ掛けた餌をただで魚に食わしては、餌の意味を果たさないの同様に、この場で私に鞄を奪われたら、折原臨也が私の鞄を持っていった意味がなくなる。…まあ、要するに、鞄の奪還は全て失敗に終わったということ。

「…流石、新羅の友達なだけある」
「はっはっ。よくわからないけど、褒め言葉として受け取っておくよ」

 包み隠すことなく、真正面で悪態を吐いているのにも関わらず、折原臨也は気分を害した様子を一切見せない。寧ろ、本人の言葉の如く、褒め言葉をもらったみたいに嬉しそうにしている。ほんの数十分前も同じように返されたな、と思うと同時に変な脱力感が私に襲う。

「…ああ。もう、本当にやってられないな」
「ん? なまえ?」


 急に立ち止まった私を折原臨也は怪訝そうに見ながら、名を呼ぶ。私はそれに応える代わりに、きっと強く睨む。こっちは、相手が自分を利用するために近づいているのではないかと疑っては、一挙一動を慎重に目で追っているというのに。折原臨也はまるでそんなのは無意味だよと言って嘲笑うかのように、縦横無尽に好き勝手に行動する。そんなのにいちいち真面目に相手をしていたら、こっちの身がもたないし、段々とどうでもよくなってくる。

 だから、私はこそこそと情報収集するなんて面倒臭い作戦をすぐさま切り捨て、そうそうと大胆な行動に移す。

「折原臨也。お前の目的は何だ?」





(20110209)