「えー、今日から君たちは来神高校の一員と…」


 真新しい制服を身に着けた同世代の男女が詰められている教室内には、世界が一変したかのような独特的な真新しい空気が漂っている。皆、新しい環境に戸惑い、緊張しているのだ。そのため、いかなる時でも教室内で響き渡っているはずの話し声というものが一切聞こえてこない。唯一、聞こえてくるといったら、だらだらと長く続く先生の挨拶ぐらい。

 さて、今年はどんな年になるのやら。後ろから見える同じクラスの生徒たちの背中を一瞥しながら、ふぁーと欠伸を噛締める。すると、その間抜けな音に気づいた一人の男子生徒が私の方へと振り返ると、呆れたと言わんばかりの視線を寄越す。それに耐え切れず、誤魔化すように笑みを浮かべると、眼鏡をかけた少し幼い顔立ちのその男子生徒――新羅は更に呆れたように首を竦めた。


 今更のことなのだが、来神高校に寄生している私には学年というものが存在しない。去年は3年生だったし、一昨年は1年生だったり、と私の気分によって学年は変化する。だから、修学旅行を行きたい気分が続けば、3年間連続で3年生としているのも稀にあるし、正直どこだって構わない。しかし、今年に限っては、1年生のクラスに居座ることを前々から決めていた。何故なら、今年来神高校に、森厳の息子、新羅が入学してくるからだ。

 彼との関わりは深い。いや、彼というより、寧ろその親父である森厳との関わり、と言うべきだろうか。以前、お金をなくし放浪してた際に森厳と出会い、今後の金と血と住居の提供と引き換えに、吸血鬼を解剖したいという彼の願いを叶えた。それ以降、たまに彼の趣味のために体を提供したりして、お小遣い稼ぎをさせてもらっている。

 そんな相互作用があるため、その息子である新羅とも当然、面識もあるという訳だ。新羅は小さい頃から知っている仲で、心を許せる相手でもあるので、彼が入学してくるのは、うれしいし、良い暇つぶしにもなる。だから、私は新羅と一緒に学園生活を送るために1年生のクラスに居座ることにした。

「なまえさ、もう少し緊張感というのを持った方がいいと思うよ」
「緊張感ねえ。そんなの何年前に置いてきたかな」

 長いHRを終えた後、窓際の一番後ろの私の席にやってきた新羅は開口一番にそう注意する。どうやら私の欠伸姿は、見るに耐えないほどに酷いものだったらしい。以後気をつけるなんてからっぽの言葉を吐いた頃に、ふと気づく。新羅の横に見知らぬ男子生徒がいることに。

説明を求めるように新羅を見ると、新羅は「あーそうえば紹介がまだだったね、」と言って、隣の男子生徒の名は折原臨也といい、中学時の同級生であったことを明かす。あの変わり者である新羅に友達なんかいたのかと若干の驚愕を抱きながら、折原臨也の方を向くと、彼は

「宜しくね、なまえちゃん」

と言って、笑顔を見せた。元々顔が整っているせいもあり、その笑顔はとても魅力的で、女の子の心を鷲掴みするのには十分のものだった。なのに、この時の私は彼の笑顔を見て、何か不吉なことが起こるのではないかと思わずには居られなかった。





(20110125)