大人になっても臨也は変わらなかった。計算高く、悪賢く、狡猾で、合理的で、嘘吐きで、そのくせに独占欲は高く、いじっぱりで、寂しがり屋な一面もあって、そして、なにより人間が大好きだった。顔や体つきこそは変わったものの、折原臨也を形成するにあたっての根本的な芯はなにも、変わりはしなかった。

「ねえ。臨也」
「なんだい」
「噛んでいい?」

 街全体が一望できる窓ガラスに背をもたれながら、何気なくそう問えば、臨也の作業する手が止まる。「前、噛んでいいって言ったよね」畳み掛けるように続ける。暫しの沈黙のあと、くるり、と椅子を回し、こちらを向いた臨也の顔には、冗談はよせ、と言いたげな呆れの色があった。

「なんで?」
「化け物になんかになりたくないからに決まっているじゃないか。ましてや、なまえの下僕に成り果てるなんて、吐き気がするね」
「じゃあなんであの時はいいって言ったんだ?」
「若気の至り、ってやつだよ。俺だって、人間だ。そういう時期だってある

 大げさ気味に肩をすくめる、臨也。確かに、学生時代の臨也はもう少しむでっぽうさがあって、詰めが甘かったような気がする。今では、その片鱗すら見当たらない。私がいない間にどれほどの悪事を働いたのか、検討もつかなかった。

「じゃあ、私をこうしてここに置いてくれるのも若気の至り?」

 臨也は同じ失敗を繰り返すほど、愚鈍ではない。だから、以前私が能力を使い、臨也を思うが侭に動かした経験を糧に彼は私の目を直接見ないように、と視界を屈折させる対魔眼用のコンタクトを常につけ、力を半減するようにしていた、という。

実際その効果により、臨也の記憶から私は完全に払拭はされてはいなかった。私と再会する以前から、おぼろげながらも、記憶の破片はあったそうだ。だから池袋で会ったあの日、彼は私の存在に気付いた。そして接していくうちに記憶をすべて取り戻した。

「…………」

 何もなく、お遊び程度でしかなかった高校時代と、情報屋という生業をしている今とでは、話は全く異なってくる。環境も。状況も。思いも。にも関わらず、臨也は何も言わず、私を傍へと置き続けている。人間ではないセルティを、化け物と吐き捨て、中傷するくせに。人外の、愛すべき人類と敵になり得る、私を。

 それに臨也だってわかっているはずだ。周囲に特定の人間を置けば、弱点にもなりかねないというのを。

「どうだろうね」

 考えた素振りを見せた後に、出てきたのはそんな素っ気無い言葉。もうこの話は終わり、とばかりに臨也は再びパソコンへと向き合い、作業を再開させた。記憶を消した動揺から逃げ出したくせに、のこのこと戻ってきた私も私だが、変にはぐらかす臨也も臨也だ。それでも、互いに素直になれないところがなんだか私たちらしい。私は背中を見て、ひとり笑った。





(20131113/END)