「なまえ、この前は悪かった。俺のせいで巻き込んで」

 ようやく退屈な球技大会が終わり、教室に戻ろうと廊下を歩いているときだった。バツの悪そうな表情をした静雄が私にそう話しかけてきたのは。私はすぐさま気に留めることではないとの旨を伝える。確かにああなってしまったのは静雄のせいかもしれないが、みすみすと捕まったわたしにも当然、非はある。

「それに、私も静雄を置いて逃げてしまった」
 厳密に言えば、拉致されたのだけれど。

「いや、あんな状態だ。仕方ねえよ」
「じゃあ、ここはおあいことして収めよう」

 そうすれば、静雄も必要以上に責任を感じることもなくなる。実際、肩の荷が下りたかのように、静雄の表情が少し和らいだように見えた。それから静雄とは教師たちが教室へ戻れと促すまで立ち話をしていた。買ったプレゼントを弟に渡すのが楽しみだとか、今日の球技大会がどうだったか、とか他愛のない話をして、盛り上がり、別れた。




「最近、シズちゃんと仲良いみたいだね」

 球技大会の影響ですべての部活が休止となり、クラスメイトが下校して空っぽになった教室で、折原臨也が扉に寄りかかるようにして、私にそう言った。このタイミングで折原臨也がこのような嫌味を言うということは、おそらく廊下で静雄と立ち話をしているところを目撃されたか、彼の耳に入ったのだろう。

「仲のいい、ただの友達だよ」
「なに、なまえはシズちゃんと絡むほど、寂しいの?」

 静雄が折原臨也をノミ蟲と呼んで卑下しているように、折原臨也は静雄に対し、嫌味をこめてシズちゃんと呼んでいる。ふたりがそんな犬猿の仲であるのは、静雄と知り合う前から知っていて、静雄との交流に折原臨也がいい顔をしないのも知っていた。けれど、こんな嫌味を言うとは、意外だった。折原臨也らしくない。

「どういうこと、」
「なまえは前に言ったよね。退屈は嫌いって」
 まだ折原臨也を疑い、勘ぐっていた時期の話だ。なぜ、そんな前の話を持ってくるのか、私は理解できなかった。折原臨也は矢継ぎ早に言う。

「あれはうそだね。きみが本当に怖がっているのは孤独だよ。ひとりぼっちになるのが、怖くて、きみは人間になろうと、擬態しようとしているだけ、だ」

 矢が刺さったかのような、衝撃が私に走る。違う。違う。私はそんなんじゃない。私はただ、世界に飽きただけで、

「何が違うんだい? 人間と錯覚したいがためにここへ来たんだろう? きみは結局繋がっていたかっただけなんだ。以前の依存先である、母親と。人類という共通点で」

 脳裏に浮かんでくる、母親の最期の顔。最初で最後の、依存先。心の底から、心を開けた、唯一無二の人間。

「でも、所詮は擬態。本物にはなれはしない。新羅から聞いたけど、きみはここにいる間、人との関わりを避けてたらしいじゃないか。でもそれは半吸血鬼という汚点から目を逸らして、バレないように、気付かないようにして、臭いものに蓋をしてただけ」

 折原臨也は頭を抱え、首を横に振る私の手をつかむと乱暴に投げ捨てる。必死に聞かまいと抵抗する私を嘲笑うかのように、折原臨也は続ける。

「なのに、なんできみは今になってシズちゃんと深く関わろうとする? それはあれかい。彼の化け物みたいな力に共感したから? ……あいつは確かに化け物だけど、残念ながら人間だ。

本物の化け物であるなまえとは違う」

 私の頬に手を添え、それを撫でるようにして降下させていくと、私の顎先をつかみ、持ち上げた。視界いっぱいに映る、折原臨也の表情。その顔は、まるで汚いものを見るかのように、きつく、吐き出されるのは、心の底からの言葉のように聞えた。

「なまえ。結局きみは人間にもなれない、吸血鬼にもなれない、中途半端で孤独な、はぐれものに過ぎない」





(20131002)