「3組! 優勝するぞ!」 「「おー!!」」
円陣を組み、掛け声をあげる女子たちを体育館の隅でぼんやりと眺める。こんなむしむしとしている悪い空気の中で、よくもまああんなに元気良く動けるものである。普段の体育でもこんな風にしてくれれば、教師の機嫌も良くなるだろうに。
結局のところ、学生たちはこういう祭りごとにしか、やる気を示さないのだ。特に、男女の目が行きかう球技大会なんて、自身の株をあげるのにもってこいの行事であろう。
ちらり、と隣のコートに視線を向けてみれば、バスケをやっている男子たちの姿を捉える。その中に一際目立っているのは、様々な種類の女子生徒をはべらせている、折原臨也。彼を見る度に、脳裏に浮かんでくるのは、この前の情景。
『なんでもいい。吸いなよ』
折原臨也のその言葉に誘われるようにして、彼の首筋に牙を立てたが、寸前のところで噛むのをやめた。そして、本能を必死に押さえつけながら、力強く折原臨也の胸を押して、その場から去ることでなんとか難を逃れたのである。
吸血鬼にとって、吸血行為は食事であると同時に、繁殖行為にも等しい。血を吸われた人間は、主である吸血鬼に対し絶対服従であり、下僕と成り果てる。そうして私たちは、仲間を増やしていき、食事がよりとりやすい環境を作っていく。よって、人間に対する吸血は、大きな意味を持ち、そう簡単に行うものではないのだ。
なのに、私はその吸血行為を人間である折原臨也に行おうとしてしまった。寸前のところで止めたのはいいが、問題は一瞬でもいっか、という気持ちに駆られたことにある。いくら血にあてられたとはいえ、私にはまだ冷静に判断を下す理性は余っていた。にも関わらず、なぜあのような行動に出てしまったのか。今、考えても自身の真意はわからなかった。
カバンの中には森厳から譲り受けた献血パックがあったというのに。本気で拒もうとすれば、折原臨也の手から逃れることなんて、簡単なはずであったのに。
予想だにしない出来事の連続で、血迷ってしまったのだろうか? いや、誰でもいいというわけではなかったはずだ。もしかしたら、私は思ってしまったのではないだろうか。折原臨也なら……臨也なら、と。吸血鬼としての私ではなく、人間としての私に興味を持ってくれた彼ならば、と。
「相も変わらず、臨也は人気だねえ」
ふと、そんな声が聞こえ、顔をあげると、いつの間にか新羅が隣に立っていた。彼の視線を追うように、再度折原臨也を見てみると、試合が終わった彼の周囲には、我先とばかりにタオルを渡そうと女子たちが必死になって群がっている。新羅と二人で、その様子を黙って眺める。暫し、沈黙が続いてから、新羅が再び開口する。
「なまえ、もしかして臨也のことが好きなのかい?」 「はっ!?」 驚くべき言葉を発した彼に反射的に振り返るが、新羅は前を向いたままだった。私は、動揺をなるべく表に出さないように、冷静を取り繕いながら返す。
「新羅にしては、面白くないよ」 「気付いてないの? なまえ、さっきからずっと臨也のことばかり見ている」
そんな馬鹿な、と思ったが、指摘されてからよくよく考えてみれば、確かに新羅の言う通り、折原臨也のことばかり見ているような気もしなくはない。それに、さっきからなんだか胸が苦しい。
痛む部分をきゅっと握り締めていると、新羅がそっか。よかった、と言葉をもらす。
「え?」 「いや、セルティが心配していてね」
おそらく、それはこの前した話が原因なのだろう。でも、この痛みは、思いは、……。セルティの心配は杞憂に終わったことを、わたしは薄々と感じていた。
私は新羅を正面に見据え、問う。化け物が、人を好きになることはおかしいことだろうか、と。新羅は驚いたように、一瞬目を瞬かせたが、優しく微笑んで、なにいってんだい、と一蹴する。
「人間の僕とデュラハンのセルティの相思相愛が認められるのだから、半吸血鬼のきみが恋愛するのだって、至極当然、認められるさ」
きっと、私は質問する人間を間違えている。こんなことを言うのは、どこを探しても、新羅ぐらいだろう。でも、新羅の言葉で気持ちが軽くなった。私はようやく、認めることができる。私は、
――臨也が好きだ。
(20130918)
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