「セルティ。きみは好き、という感情を知っているかい?」

 リビングで寛ぎながら何の脈略もなく、キッチンでお茶の用意をしていたセルティそう投げかけると、セルティは肩を震わせた。あ、コーヒーのビンを落とした。

見て取れるセルティの明らかな動揺。セルティは手をカタカタと震わせながら、『なまえ!い、いきなりな、なにを言ってる!?』とPDAに打ち込み、主張する。

「いや、深い意味はないさ。この前、知らない少年から告白されたのを思い出して」
『ほう。すごいじゃないか』

 冷静を取り戻したセルティは、トレーをもってリビングに戻ると、私の前にコーヒーを置く。私はセルティが煎れてくれたばかりのコーヒーに口付けながら、首を横に振る。

「すごいことじゃない。相手が私が半吸血鬼だと知っていたならまだしも、何も知らないやつだぞ。それに、相手は人間の餓鬼だ」
『そうかなあ。私はどんな形にしろ、好意を寄せられれば、嬉しいと思うけれど』
「新羅からの好意も、か?」
『なっなっ!! 今は、新羅の話はしてないだろう!!』

 手を大きく上下させながら、セルティは否定していたが、反応を見る限り心中では新羅のことを考えてたに違いない。もしセルティの顔が今ここにあっとしたら、りんごみたいに真っ赤になってるに違いないだろう。

 想像し、笑う私にセルティは反論するかのように『そういうなまえは、誰かに好意を寄せたことはないのか?』と訊く。

「どうだろうねえ」
『はぐらかさないでくれ』

 はぐらかす気は微塵にもなかった。今までを思い返せば、そう言った感情に似たような感覚に陥ったときはあったかもしれない。でも、私自身が、好き、という感情を真に理解していないため、それがそうだったのか、わからないのだ。

「でも、どっちでもいい。たぶん、私は二度と抱くことない感情だと思うから」
『なんで、そんな悲しいことを言う? そう、言い切らなくてもいいじゃないか』
「セルティ。私たちが思っている以上に、人間は脆いんだよ。私たちを取り残して、あっという間に逝ってしまうんだ。私たちが少し、眠りに入っただけでね」
『…………』
「セルティは怖くないの? 依存した末に、ひとり取り残されるのは」

 私が依然と理解できていない理由は、きっとコレだ。好き、と認めることは、依存を認めること。私は依存した末に、取り残されるのが、一番怖いのだ。母親を失ったときに味わった孤独感。まるで自分の一部が失ったかのような、痛みや苦しみや、悲しみ。私はもう、あれを二度と体験したくない。だから、線を引いて、見て見ぬ振りを繰り返す。

 永遠にも似たときの中で生きるセルティならば、私の気持ちを理解してくれると思った。なのに、

『確かに、それは怖いことだ。だけど、仕方がないことだよ。私はデュラハンで、君は半吸血鬼。それは変えられないんだ。だから、気にしたってしょうがないじゃないか。それに、そのせいで今を殺すなんて勿体無い。私たちは、今を生きているのだから』

 セルティはとても強かった。恐怖を孕みながらも、生きていくなんて私には到底できない。孤独はもっともつらいものだ。人間のように、まっすぐに進むこともできなければ、セルティのように強くなれることもできない。結局のところ、私はどこにいっても、中途半端なはぐれもの、ということなのだろうか。





(20130916)