物心ついたときから、私は母親と二人だった。母親との暮らしはとても慎ましく、質素なものだったが、子供の私にとっては苦でもなく、母親と過ごす日々は楽しかった。だが、何故だか母親は同じ地に長くいることを嫌った。長くても三年で、どんなに住み心地がよくても、家を手放し、違う土地へと行き、生活を新たに始める日々。

 今思えば、それは私が半吸血鬼であるがために、年齢に見合う成長を伴わないことを周囲に露見するのを防ぐためであったのだろう。だが、当時自分が半吸血鬼であること自体を知らなかった私は、母親の行動が不思議で堪らなかった。

しかし、子供ながらでもわかっていたのだ。いくら自分が半吸血鬼だということを知らなくても、周囲の子供たちと比べ、自分の成長が遅いことも、怪我をしてもあっという間に治ってしまうことも、運動神経がズバ抜けていいこと、を。確証がなくても、私は他の子とは違う、ということをなんとなく理解はしていたのである。

私の身長が一センチ伸びるまでの時間で、母親のシワが増え、髪の毛は白くなった。明らかに見合わない、時の流れ。おそらくこの差異の原因は、父親にあるのだと私は、直感でわかっていた。母親が父親について、触れたことは一度もなかった。だから、子供心ながらに、父親について聞いてはいけないと思い、一度も母親に父親のことを訊いたことはなかった。

『なまえ。あなたのお父さんは、吸血鬼だったの。だから、あなたは他の子とは違うの』

その暗黙の了解を破ったのは、晩年の母親だった。老いが短いのを憂い、残される私を思っての、言葉だったのだろう。私は特にリアクションをせず、ただただ母親の言葉に頷いた。母親を安心して死なせるために。母親の言葉は、とまらなかった。私への愛情、父親であった吸血鬼への恋慕、さまざまなことを話しては涙を流し、そして逝った。

『ごめんね』

 それが、母親の最期の言葉だった。私に不自由な生活をさせてしまったことか、それとも一人取り残してしまうことか、はたまた私を半吸血鬼にしてしまったことに対する謝罪なのか、私にはわからない。だけど、私は母親の死を通じ、知ったのだ。人間は脆い、ということを。私が一歩、歩く度に、彼らは成長をし、老い、死んでいくのだ。




「なまえ。ほら、起きなよ」

 肩を揺さぶられ、顔を上げると、新羅が目の前にいた。状況が飲み込めず、首を傾げれば、新羅が放課後に新羅の家に行き、血を取りにいく約束をしていたことを告げる。そうえば、そうだった。すぐに約束を思い出し、私は慌てて準備を整える。五時間目の古典の授業があまりにもつまらないことは覚えているがそのあとは記憶にない。おそらく、眠気に襲われ、そのまま寝てしまったのだろう。

「ヨダレ、ついてる」
「あっ、本当だ。ありがとう」

 ごしごしと袖口で口元を拭いていると、新羅が小さく笑った。なんだろう。不思議に思い、それを目線で訴える。新羅は肩竦めた。

「いやいや。なんか、丸くなったなあって」
「丸くなった?」
「出会った頃のきみはなんか、こうもっと殺伐とした雰囲気をまとっていたし、人を寄せ付けない感じだった。なのに、どうだい、今のきみは。最近、臨也や平和島くんとも戯れているようだし、いまだって普通の子のようにヨダレをたらして寝ているわけだしね」

 新羅の言葉に、私は押し黙る。確かにそうだ。最近の私は、あまりにも平凡だ。新羅の言う通り、見た目や行動に関して言えば、そこらの女子高生となんら変わりはない。

「でも、そんななまえを僕は悪いと思わないよ。寧ろ、こっちの方がいい」

 新羅はそう言って褒めてくれたが、私にとってこの変化はいいのか悪いのかわからない。けれど、こうやって人間たちと同様の立場で過ごしていくのは悪くないと思う自分がどこかにいた。





(20130916)