放課後、私はクラスの教室で、黙々と作業をこなしていた。その作業というのは、明日日本史の授業の際に配布する予定である資料の作成だ。とはいっても置かれたプリントを指示通りに重ね、ホチキスで留めるといった単純作業である。なぜそんなことを私がやっているかと言えば、答えは簡単だ。今日私が日直だから、だ。来神高校の一生徒として、所属している以上、わたしにも日直は回ってくるし、こうやって教師から頼まれごともすることだってある。

 遅いな、と作業を行いながら、ぼんやりと待ち人を思い出す。今、私がいるクラスでのルールでは日直は男女の二人組で構成されている。もちろん、私のときも例外ではない。よって、今日同じ日直当番である、首元のほくろが印象的な少年(名前は忘れた)もここに来て作業をやる手筈になっていたが、三十分過ぎても、彼は姿を現さない。

記憶が正しければ彼は部活にも所属していなかったはずだが、急な用事でもできてしまったのだろうか。明日一声かけてみるか、なんて思っていると、ガラッ、という扉が開く音が閑静な教室に響く。ようやく来たか、と見てみれば、そこにいたのは折原臨也だった。

「残念ながら、山中くんなら来ないよ」

 そうえば、首元のホクロが印象的な彼はそんなような名前だった気がするが、今はそんなことはどうでもいい。

「なんでおまえがそのことを知ってる?」
「さあ? なんで知ってるんだろうねえ」

 意味ありげな表情で折原臨也はそう言うと、私の向かいの席へと腰かける。ああ、可哀相にヤマナカくん。また、折原臨也による被害者が増えたか。心の中でヤマナカくんの安全を願うものの、私の手が止まることはない。パッチンコッチン。ホチキス音が鳴り響く。

「なに、きみはヤマナカくんの代わりというわけ?」
「ご冗談を。俺は利益にならないことは極力やらない主義でね」
「じゃあ、何しに来たの」
「強いと言えば、なまえの顔を見に」

 テンポよく動かしていた手を止め、顔を上げてみればやけにニコニコしている折原臨也の顔が視界に入る。なにが顔を見に、だ。もし、私が年頃の女の子ならば、頬を赤らめる場面かもしれないが、生憎、私は若くないし、折原臨也の性悪さだって理解している。よって、こいつの口車に乗ることもない。

それによくもまあ、そんな台詞を恥ずかしげもなく言えるものだ。違う意味で尊敬する。愛の対象が、人間と言っている時点で、中々アレなのはわかっていたけれども。その対象の広さをセルティに夢中すぎる新羅にも分けてほしいものである。

というか、今考えれば、人間が大好きというのは一体どういうことなのだろうか。どんな教育を施されれば、そんな歪な愛が生まれるというのだ。まじまじと折原臨也を見てみるが、当然そんなのはわからないわけで。……両親の顔が見てみたいな。

「なになに。そんなに俺の顔見て、どうしたわけ?」
「…………」

 私がそんなことを考えていると露知らず、折原臨也は目を爛々と光らせる。なんていうか、折原臨也がいろんな意味で残念で仕方がない。顔だって悪くはないし、スタイルもいい。それに、年齢に見合わないほどの知識や知恵も彼は持ち合わせている。きっと、彼にはもっといい人生の歩み方があったに違い似ない。そう思うと、なんだか悲しくなり、ひとり楽しそうに折原臨也をよそに、わたしは溜息をこぼした。





(20130911)