折原臨也にいつもちょっかいを出されているあいつじゃないか。立ち上がり、近くに寄ってみると、どうやら平和島静雄は眠っているようで、規則正しい呼吸音だけが響く。先程の声はおそらく、寝言なのだろう。それならば、私が人間の血を吸っていた姿を見られていた、と心配することもない。

安堵すると同時に、なぜ平和島静雄がここで眠っているのかと疑問を抱く。しかし、答えはすぐに見つかった。子供のように寝る、平和島静雄の体には、数々の切り傷。中には、酷いものもある。おそらくこれは、折原臨也によってつけられたものだろう。こんな状態で教室に入れば、周囲は黙っていないだろう。

「かわいそうに。おまえも被害者なんだな」

 私は少し考えた後、彼の治療を行うことにした。指の腹の皮を噛み千切り、ぷくりと浮き出た血を平和島静雄の傷の上へ垂らしていく。私の血の作用で、みるみると傷は治っていく。どうせまた折原臨也にとって傷つけられるだろうが、平和島静雄にささやかな休息が訪れれば。なんて、思っていると、目が合った。ばちり、と開いた平和島静雄の目、と。

「…………」
「…………」

 沈黙が続く。きょとんと目を瞬きする平和島静雄だが、次第に状況を飲み込めてきたのか、彼の表情が険しくなっていく。さて、と。この状況をどうするべきかな、と行動を決めかねていると、意外にも先に口を開いたのは平和島静雄の方だった。

「誰だ、てめえ」
「みょうじなまえだよ」
「ああ?」
「そう睨むなって。きみの傷の治していただけだよ。ほら、治っているだろ?」

 指をさし、彼に見るようにと促すと、彼は私の指先に視線を向け、そして傷が治っていることに驚きの表情を見せる。あ。いきなり傷が治ってたら、怪しまれるか。言ってから、そのことに気付き、焦ったが、どうやら彼はそういった細かいことを気にしない性質のようで、ただ「ああ」とだけ言葉をもらした。

「だから、怪しいもんじゃないよ。まあお昼寝の邪魔なら、立ち去るしね」

 私だって馬鹿じゃない。平和島静雄の凶暴さを知らないわけではないし、怒りを買うつもりもない。それに、吸血行為を見られたかどうかの目的を果たした今、彼と必要以上に関わる必要性もないだろう。

「おい、みょうじ」

 早々と立ち去ろうと身を翻したところで、平和島静雄に呼ばれる。まさか、今の言葉が彼の導線を切ってしまったのだろうか。そう危惧しながら振り向いたら、驚いたことに平和島静雄は気まずそうに首の裏を掻きながら「傷、サンキューな」と礼を口にした。

普段の平和島静雄からは、とてもじゃないが、想像つかない行動に、私は唖然とした。が、同時に自身の認識が間違っていたことに気付く。なんだ、てっきり平和島静雄は自身をコントロールできない怪物とばかり思っていたけど、こうして話してみると、素直でいい子じゃないか。

「ふふ。気にしなくていいよ。それに、私のことはなまえと呼んで」

 結局、誰にとっても、悪は折原臨也なのだ。





(20130911)