外に出たいと思った事はなかったけれど
外に出ようとした事は何度かあった

その度に見えない壁に阻まれて
いつの間にか、外に出ようと思う気力が消えうせていた

いつ終わるのかも分からない一生を
この広大な城で終えるのだと気付いて

最初から最後まで一人なのだと、ぼんやりと考えていた






消せない螺旋軸の消失






野営地に戻ると、蓮二が難しい顔でこちらを見やった。物言いたげな目線を受けて、思わず目を逸らす。わざと大きく響かせたのだろうため息が、夜の静寂を裂いた。


「気をつけろと言っただろう」
「大丈夫だ。なにもなかった」
「あれだけ大声で叫んでおいて、いまさら何を言う」
「……それについては詫びよう。まさか、魔王がいるとは思わなかったんだ」


呆れたような、それでいて心配するような蓮二の瞳が、黒く暗く輝いた。その不吉な色に背筋に冷たいものが走ったのを感じた。


「どうした?」
「それはこちらの台詞だ。弦一郎、お前は何故魔王に固執する」
「固執?」
「何故会話などした、と言っている。情を移して倒せなくなってしまったら、お前はどうするつもりなんだ」
「そんな事にはならぬ。俺の生まれてきた理由全てを無視することなどできるはずもないだろう」
「お前が正常な思考回路を持っているならば、な。だが、先程からの言動を見ると、それも怪しいものだ。魔王と会話し、魔王に心があるかもしれないなどという幻想を抱く。もはや、犠牲を出さずに終わらすことができる段階ではないだろう」


お前が殺生を嫌っているのは知っている、と呟くように蓮二が囁いた。返す言葉は思い浮かばず、だからといって魔王の表情を忘れることもできなかった。
迷い、揺れる彼をたしなめるかのように、蓮二がため息をついた。


「何故迷う。何故心を揺らす。それだけの理由が、お前にあるのか。あの魔王にあるのか。あるのならば説明してくれ。俺に、俺たちに、そして今まで犠牲になってきた者たちに」
「……理由などっ………!」


そんなものはなかった。あるはずがない。あるのは背徳の蛇のような疑惑と、抑えようのない欲求だけ。
このままでいいのかと心の中で誰かが囁き、いいや駄目だとそれに返る声がある。どちらも自分のもので、けれどもどちらもあってはならないものだった。
この思いを説明することなどできるわけがない。それを抱える彼にしか理解できないものなのだから。
だから、詰問する蓮二に返したのは全く別の言葉だった。


「魔王と、話をしたい」
「…………自分が何を言っているのか、理解しているのか」
「勿論だ。俺はあの魔王と話をしたい」
「魔王と何を話す事がある! 何を話し、何を問うつもりだ! 丁寧に、これから人間を殺さないようにと説得でもするのか」
「それも、いいな」


孤独を抱えて生きている瞳。
冷たい闇の中で抱えた膝と、血が滲んでも離さなかった剣。

誰も味方になどなってくれなかった。それは当たり前だった。
だって、彼は世界からはみ出した、言うならば魔王と対極にある存在なのだから。


「明日、魔王の城に行く。ついてきたいものだけを連れていこう。誰も行かないならば、俺は一人でも行く」
「……お前は、愚かだ」
「知っているさ」


視線を逸らすと、ここまで共に来てくれた仲間たちがこちらを見つめていた。暗い闇に隠されて、その表情は見えなかったけれど、見たいとも思わなかった。
銀髪の案内人が浮かべる赤い三日月のような笑みが、闇の中で揺れていた。





寂しさを知らなかった

だから、分からなかった

101122


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