太陽神の血を継ぐ者として生を受けた

それが神によって啓示された時
父は喜び、母は泣いたという

けれども決まってしまった事はどうにもならなくて
俺は生まれながらにして生きる意味が決まっていた

ただ、それだけだった






荒れる運命の終末は何処






闇を打ち払うべくして生まれた嬰児は、物心つく前から厳しい修行を課せられた。母には会えず、父はいつだって幼子だった彼を誉めて、修行を頑張るようにと言い聞かせた。
彼は無邪気に父の言葉を信じ、ただひたすらに修行を重ね、そしてある日突然に母の訃報を聞かされた。一人息子を奪われた母の心労は誰にも計り知れるものではなく、彼女の身体を徐々に蝕んでいたのだ。

彼は生まれて初めて母と会った。
綺麗な人だったという事を、今でも覚えている。とても綺麗な人だった。

けれど。
その女性が自分の母だという実感が湧かなかった。初めて見るとても綺麗な女の人が、目の前で死んでいる。ただそれだけだった。

涙は出なかった。
悲しみは湧かなかった。
寂しさを感じることもなかった。

隣で激しく涙をこぼす父が、何故か不思議な生き物に見えた。
彼はその時、初めて己と世界との隔絶を感じた。

自分と世界は、何かが違うのだと気付いてしまった。
その時、はらはらと瞳から涙が零れ落ちて、彼の服を濡らし、母だという女性の頬に落ちた。
その涙は彼女の死を嘆くものではなく、ただただ世界に拒絶されたという疎外感が彼を追い詰めた証だった。

その日から、彼は父と顔を合わせる事を止め、他の人間たちと距離をとり、一人で修行に励むようになった。
世界とずれた所にいる彼には、それがお似合いだと、そう思っていた。

ずっとずっと、彼は一人だった。






蓮二が火の魔法で起こしたたき火が、鋭く闇を切り裂いて明るさを生んでいた。その周囲に集まり、辺りを警戒しながら彼らは休息をとっている。
魔王の城の周囲に蔓延る闇は、普通のものよりも深く、濃い色をしているような気がした。
魔王の城を早々に脱出し、城周辺に危険がない事を確認してからここに野営の陣を組んだ。今は赤也と柳生が見張りに立っている。


「蓮二」
「なんだ?」
「魔王には……心はあるのだろうか」
「……なんだ、唐突に」
「いや……お前たちが倒れた後に魔王と少し話をした。その時の魔王の表情が……なんというか、やけに人間らしくてな」
「弦一郎。お前の目的は一つの筈だ。違うか?」
「いや……」
「お前は魔王を倒すためにここに来た。そのために、幼い頃から修行を重ねてきたのだろう? ならば、今ここで迷う必要がどこにあるんだ」
「そう、だな……」


確かにその通りだった。蓮二の言う事は少しも間違っておらず、迷う必要など何処にもないと彼自身が感じているのに。
それでも、どうしても違和感が拭えない。
去り際の魔王のあの表情と、囁きのような言葉の数々。そのどれもが、彼が想像していた魔王とはかけ離れたものだった。


「迷いを払え。そのままでは、勝てる戦いにも負ける。お前しかいないんだ。あの憎き魔王を倒す人間は」
「分かっている。重々承知の上だ」


そのために、そのためだけに彼は生れてきたのだから。
生まれた意味も、生きる意味も、ただそれだけなのだから。
迷いを払うように一つ首を振り、音をたてないように立ち上がる。問うような視線を向けてくる蓮二に、小さく頷いて言葉を残した。


「少し風にあたってくる」
「魔物と……魔王に気をつけろよ」
「ああ」


炎の明りが届かない闇の中に足を踏み出し、魔王の城の入り口の方に向かう。自分以外がほとんど見えない闇の中を木の向くままに彷徨い、己の思考の迷いを正そうと自問自答した。

迷う暇などない。魔王はすぐそこにいるのだ。
魔王を倒すためだけに生まれ、そのために世界と隔絶されながら修業を重ね、何度も夢に見た魔王を倒す瞬間が、目の前まで迫っている。
けれども、何度自分にそう言い聞かせても心はまっすぐになってくれない。揺れて、捩れて、ほどけない複雑な思考の中に落ち込んでいこうとする。


「何故、なのだろうな……」


魔王と呼ばれた彼は、悲痛な表情で自分も生きていると呟いた。その時まで、魔王という命が存在しているという事を考えたこともなかった。
だから、彼の言葉に頭の芯を討ち抜かれたような気がしたのだ。


「愚かなのは、人間ではないのか」


魔王は自身を倒しに来た人間を殺す事はないという。これまで生きて帰ってきた討伐隊は誰もが口をそろえてそう言った。
勿論、帰ってこない人間も多数いたけれど、果たしてその人間達が本当に魔王の城に辿りついたのかどうかさえ定かではない。
けれど、彼らの言葉を信じる気にはなれなかった。どうせ、無様に逃げ出してきた良いわけなのだろうと思っていた。けれども、今回自分が戦ってみて、確かに魔王は人間を殺しはしないという事が分かった。

ならば何故人間は、太陽神は、魔王を滅ぼそうとするのだろうか。


「分からぬ。俺たちは……間違っているのか」
「その通りだよ」


突如として振ってきた冷たい声が、彼の思考を打ち砕く。咄嗟に腰に下げていた剣を抜き、声の出所を探して視線を上げた。
魔王の城の入り口の上。奇妙に出っ張った窓のベランダに、魔王が立っていた。


「魔王……」
「立ち去れと言っただろう。何故従わない」
「従うわけがないだろう! 俺はお前を倒しに来たのだ!」
「言うに事欠いて……そんなに俺が憎いのかい? そんなに……俺が生きているという事が、そんなに人間に悪影響を与えてるのか!?」
「お前は、魔王だ! 魔王は……」


魔王とは、一体なんだ?
魔王が、一体なにをした?

太陽神に教え込まれた沢山の知識が脳内をめぐる。魔王は、闇を統べる帝王。人間に害をなす、太陽神の敵。
人間を守るため、太陽神の威光にかけて、魔王を討たねばならぬ。


「そう、俺は『魔王』だ。生まれながらにして呪われた存在。忌み嫌われた存在」
「そうだ、だから魔王は討たねばならない。人に、害をなす前に」
「俺は呪われた存在だ。けれど……俺を呪ったのはお前たち人間だ!」


魔王の今にも泣き出しそうな苦しげな、悲しげな表情が目に焼きついた。思わず硬直した彼を冷たく見下ろし、魔王は踵を返す。その背中を見送って、彼は小さく呟いた。


「ならば…………」


魔王を呪ったのが人間だとすれば。
魔王を忌み嫌うのが人間だとすれば。

人間からずれた存在となった彼は、人間と魔王、どちらに近い存在なのだろうか。




目を逸らす事ができなくて
でも、そんなもの見たくなくて

101108


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